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不機嫌なクリスマスと、5万円の松阪牛

女は不機嫌だった。

それは、つきあって初めてのクリスマスデートの日。街を歩けば、あちこちに飾られたきらびやかなツリー。どこからともなく聴こえてくるクリスマスソングに心が浮き立った。大通りを抜けると、海沿いの広場に彩られたイルミネーションが、ふたりにロマンティックなムードをプレゼントしてくれた。

・・・と、ここまではよかった。

問題はディナータイムに起こった。

クリスマスという特別な日に、ふたりはなんの準備もしていなかった。予約がないと入れないお店や、予約はいらないけれど長蛇の列をなしているお店ばかり。いつまでたっても夕食にたどりつけそうにない。

慣れないヒールで街を歩き回った疲れを空腹が手伝い、女の機嫌の悪さがどんどん増していく。

「なんでクリスマスなのに、予約しておかないのよ!」
女はついに男に八つ当たりを始めた。

「ごめん・・・」
男はうなだれた。

実は、女は男に期待していたのだ。なんたって今日は、初めてのクリスマスデート。何か特別なサプライズがあるのではないか、と。

男だけに非を負わすのはわがままだとわかっていながら、女は文句を投げつけずにはいられなかった。

「じゃあ、来年!来年はちゃんと予約するから!ね?」
男はその場を必死に取り繕いながら、約束をした。





一年後。
男は不機嫌だった。

問題はまたしてもディナータイム。

昨年の過ちを繰り返してはならないと、男は何ヶ月も前から予約をしていた。ふたりで5万円もする松阪牛のクリスマス特別コース。

アミューズからフォアグラが登場し、オードブルにはオマール海老が顔を出した。贖罪にしては豪華すぎるディナーに、女はとても喜び、一品一品をじっくりと味わい尽くした。その様子を見て、男も喜んだ。

ところが、食事が進むにつれて、女に異変が起きはじめた。

5万円もするコースは、食材だけでなくボリュームも豪華だった。男に申し訳ないと思い、必死で料理を口に運んでいた女だったが、肝心なメインディッシュでついに限界が訪れた。

松阪牛フィレ肉のローストをほんのわずか口にしたところで、静かに女は告げた。

「ごめん、もう無理」

男はショックだった。今年こそは……と周到に用意していたのに。このために一生懸命バイトをして、5万円もの大金をはたいたのに。肝心な松阪牛を食べないなんて、そんなことがあるか?

「え、ホントに食べられないの?松阪牛だよ?今日のメインだよ?」
尋ねてみたが、女は苦しそうに首を横に振るだけだった。

男は悔しくて、女が残した料理もふたり分のデザートもすべて残さずたいらげた。限界はとうに超えていた。






「肝心の松阪牛食べへんなんて、ありえんやろ?5万もしたんやで?」

毎年クリスマスが近づくと、旦那は決まってこの話をする。
よっぽど根に持っているらしい。

まもなく11月。
先週あたりから急に寒くなってきたし、そろそろこの話題が出てくる頃かもしれない。

いまのわたしなら、意地でも残さず食べて帰るだろうな。松阪牛なんてめったにお目にかかれないもの。しかもフレンチのフルコース、昔とは逆で私が旦那のデザートを奪ってるかもしれん。


結婚して、子どもが生まれて。クリスマスディナーなんて遠い昔の話になっちゃったなぁ。いまは家族みんなでチキンをかじって、ケーキを囲むほうが楽しい。

でも、そのうち子どもたちがみんな巣立っていったら・・・?夫婦ふたりでディナーってのもいいかもしれない。

「いつかまた、松阪牛食べに行こうよ」
って、旦那に言ってみようかな。

今度こそ、ちゃんと食べるから。
わたしからの約束。



#noteDeNoel便り




▼喜木凛さんのnote de Noël(ノート・ド・ノエル)に参加しています。Day7テーマ:約束





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