諏訪旅 重層する記憶💫其の二 古層の祭祀と縄文の記憶🌟
ミシャグチを木に降ろし
その下の石に降ろした後、
大祝(諏訪の童シャーマン)に降ろす。
諏訪の御室神事
ミシャグチは垂直
ソソウ神は水平
ミシャグチ(男性性)は星で
ソソウ神(蛇、女性性)は大地
ミシャグチは石棒であり荒神、ぼくはミシャグチとは星辰信仰の現れだと思う。
そして、それは蛇を表す縄、地母神が受け止める。
縄文の人々は生命を産み出す根源的な生命自体を信仰していたし、空の星ぼしはその根源的な生命活動の現れとして見ていたのだと思う。

縄文のビーナス。



石棒。
石棒や石皿、または双対の道祖神は後から来た人々が今の場所に祀ったものかもしれない。諏訪民俗研究の第一人者、故今井野菊氏は塩の道にミシャグチが祭られていると記している。戦時中、軍人さんに尋ねると戦略的にもいい場所に置かれていると聴いたようだ。
ミシャグチが縄文人の言葉ならば、縄文遺跡のある東北や九州にもその言葉がもっと伝わってもいいと思うがそうではないので、矢張りミシャグチという言葉は後から来た者がつけたのだろうか。
しかし、世界を産み出すカタチだけは共通していたのだ。
もう一つ忘れてならないのは冬という季節。冬は〈殖ゆ〉諏訪大祝は冬に御室に籠もる神事を行い生命力を増やし、豊作祈願を行った。冬至の祭りも世界のあちこちに見られる祭祀だ。

諏訪上社から30分ほど車で走ったところにある尖石縄文遺跡は高原にして北アルプスがよく見え鳥の鳴き声が響き渡るとても気持ちの良いところだった。

縄文時代に桜はあったのだろうか。
本州で暮らす日本人の殆どは何度かに分けて渡来した人々の子孫なのであろう。
しかし、大地には縄文からの記憶が眠っている。
何度も何度もかき混ぜられた記憶の上でぼくらは生きている。
もっと言えば人の記憶以前にこの諏訪というところは縦に流れるフォッサマグナ、横に流れる中央構造線がぶち当たるところだ。

南北に大きなフォッサマグナの溝が走り
東西を中央構造線が貫く。
東の端はタケミカヅチが祀られ
星の香香背男が封印される鹿嶋の地。
西の端は阿蘇山の辺りか。
十字を描くように根源的な生命力が現れ、そこに幾つもの時代、そして人々の精神性が重なりあったのだろう。
それが時は来た!というように大地に巻き込み続けた記憶が、今、噴き出してきているようにぼくは感じるのだ。
記憶と諏訪の旅編、これにて終わりです🌟
時代的な変化の現れは諏訪だけでなく、あちこちそこかしこで現れてきているのではと思います。ヌーソロジーしかり、ぼくの知らないジャンルでも場所でも。
ご一読ありがとうございました🌟🌟🌟
追記
諏訪旅反省点。
諏訪を十二分に堪能するには泊まらないとだめだったな。本を読んでから行きたいところ見たいものが膨れ上がったけど半日の滞在では全く周りきれず。
慣れない土地で運転すると曲がるべきところを通り過ぎ、先宮神社や諏訪湖を一望出来る立石公園に行けなかったのは痛恨の極み。
双対道祖神も生で見たかった。
2泊したら古代からの縄文、様々な氏族、その祭祀にゆっくりと思いを馳せることができただろう。フォッサマグナと中央構造線がぶち当たるこの地で温泉にも入りたかった。
(↑これが一番心残り(笑))
また、来れるかはわからないけどもしチャンスがあったら泊まりで来たい謎の国、諏訪でした。
旅の参考に

横に振るのではなく垂直に振る。
画像は下記ブログより。
サナギもそこで生命力が殖え
いずれ生命が外へと飛べだしていく。
春が来るまで御室に籠もった大祝に宿した
ミシャグチのようだ。

諏訪七石のうちの一つ。
中央構造線とフォッサマグナの交差点で
要石の役割を果たしているのか。
諏訪にも「13」があった!
ブログ内を↓
御射山祭において大祝が神長官などを率いて
巡行する十三社。
以上です🌟
ナマステ🗻🐉🐍✨
