故郷の風景 2026年帰郷
コロナ禍の終了以降は毎年帰郷出来ている。今年はGWでなく7月の3連休に合わせて前後に有給を使って4泊5日の帰郷となった。

気圧が低くて耳が非常に痛くなった。
ヘッダー画像は帰りの飛行機。
富士山が少しだげ見えるのがわかるだろか。
鹿児島は梅雨が明けたが、関東はまだ。
羽田空港からのたまプラーザ行きのバスは湾岸線を通り横浜中心地あたりに差し掛かると、土砂降りと雷のお出迎えが待っていた。



鹿児島の家を5時半に出てたまプラーザ駅に着いたのは1時半頃。腹も減るのだ。
ドリア&グラタンなつめでランチにありつく。白ワインもグラスで一杯。2年前の帰郷の際こちらを利用して思いの外美味しかったので今回もこちらを利用した。
レストラン内のぼくや他のお客さんのスマホが緊急警報で何度も同時になる。その共有された雰囲気が面白く感じられた。
着いたその日の夜少し家でのんびりした後、母と妻と鰻を食べに行った。ぼくの実家は商店街の端にあるが、その反対の端にある割烹屋だ。子どもの頃からある店だがぼくは初めて入った。



頼んでみた🍶そしてめちゃ美味!!


ところどころジャングルのようになっていて面白い。

普通のお風呂も充実してます♨️
翌日、美術館を廻って上野から銀座線に乗り表参道乗り換えで帰ったほうが楽だが、少し渋谷を歩きたくなって銀座線は終点渋谷まで乗っていった。

ここの景色はさほど変わらないな。
3日目、関東も梅雨明け宣言が出た。
都会の夏の日差しの中のお出かけ。原初舞踏のイベントに表参道へと田園都市線へと取り込むが、ふと気づくと大井町線の自由が丘!(汗)大井町行きの電車もあるんだよね、何年か前から。早めに出たので慌てず騒がす二子玉川に戻り、渋谷方面の電車に乗り直す。
ランチは神奈川に住んでた頃好きだったハンバーガーショップ〈クワアイナ〉へ。


4日目、甥っ子夫婦の新築の家に遊びに行く。
そして3ヶ月の赤ちゃん(女の子)とご対面。

(鹿児島弁で可愛いの意)
ラカンの鏡像段階は生後6カ月くらいから始まるようだ。まだ3ヶ月のこちらの赤ちゃん。その意識は世界とまだ分離していない。
つまり、ぼくのことも母親の事も大した区別はできてない。あるとしたらノイズ的な差のようだ。
そして、自己も自我も勿論確立してない訳だから、自分の母親とかそういう意識もない。
太母的な世界的な母なのであると思われる。
胎児期の意識状態はユングのプレローマに当てることができると思う。(プレローマは意識以前、対立物がまだ区別されていない集合的無意識の基底層)
生後3ヶ月はプレローマという永遠の充満から少しずつ分化し始めようとする段階。
(このあたりのことはこれからもっと深めたいと思う。)
ヌーソロジー的に言えばψ10感性が元止揚(ψ1〜ψ8)から飛び出して働き始めたといったところか。
感性は元止揚(胎児的無意識)をなぞり世界を知覚し始めるがψ9思形が働き始めないと統一されない。一瞬一瞬がまだバラバラの感覚である。
この赤ちゃんが主客未分であることは間違いない。
そして、どこまで未分化なのだろう。
母親の胎内の胎児の意識はどこまで拡がってるのだろう。
そう思うと、胎児をその腹に宿した母親はなんと凄い存在だろうとも思う。
ヌーソロジーの時間概念に即せば、この時の赤子のぼくも、老人になったぼくも今のぼくに折り重なっているという事になるだろう。生まれる前から肉体を失った後も全て。

翌日、鹿児島へ飛行機で帰る日である。
朝早く家を出て7時20分発の羽田空港行きのバスに乗る。バスは事故渋滞に巻き込まれて遅々として進まない。飛行機の離陸時刻は12時なので、まだまだ余裕はある。
窓から眺める太陽が薄雲の向こうでぼんやりしていたので、ぼくもぼんやりと太陽を眺めた。
ぼんやりぼんやりとしていたらぼくの意識も少しは未分化な状態に近づいているのかもしれない。

美味しい風景💫

この木々はぼくを生まれた頃から知っているのである。
木々が根を伸ばす大地も、
この空もぼくを知っている。
おそらくは胎児の時から・・・
鹿児島の家に帰り着き、プランターの野菜たちに水をやり家で涼んでいると、肌の黒い青年が我が家を訪ねてきた。近くの養豚の加工場で今月から働き我が家の隣に住んでいるという。ぼくらが留守の間何度かインターホンを鳴らしたようだ。
カンボジアから来て5年目。以前は香川のちりめんの仕事をしていたと拙い日本語で一生懸命伝えようとしてくれた。


ゴーヤーの緑のカーテンは今年も見事に完成した。
帰郷 2026 おしまい
