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HANABI III

夏と秋の境目に上がる花火。
目を取られ引き込まれる。




スクリーンから吹き出してくる花火の像、音、匂い。
スクリーンの向こう側にある精神の世界から
自己の視線は他者の視線に裏返ってモノの中の素粒子構造となり、そこから物像化して吹き出してくる。









刹那。




花火は記憶となり視線と交わりまた精神へと還っていく。
色彩は夜空に浮かぶ白い煙へと代わり残響と匂いがしばらく残る。

刹那は永遠と往還する。



県外からも多くの人々が集った。


無数の他者の視線とぼくの視線が一点で折り重なる。
ぼくは4次元に出ようとしている異分子だが、
その一点で交わることで、他者の精神に何か影響があるのだろうか。


場所は志布志港。平安時代より栄える港湾である。




夜の木々は光に照らされ
より生々しく見えた。







内の内は外



ヌーソロジーにはこんな表現がある。

ぼくら現世人類は目に見える世界を「外」
心を「内」としているが、
ヌーソロジーは「内」を人間の外面、
「外」を人間の内面としている。
つまりひっくり返っているのだが、

現世人類の見える世界の外は
ほんとは内の内から出てきている。
心の世界のさらにその奥行き、
モノの中から出てきたものだよ、
ということだ。

人間の外面からモノの中へ。
そしてまた、現世人類の「外」が
生まれてくる。
その「外」を内の内として捉えられるようになると、世界の有り様が変わるのだ。




自己と他者の境目である
スクリーンに
映るHANABI。
肉体的目で見れば
一瞬の刹那のようで
あるけれど
自己と他者とモノの
往還の
永遠の相を
垣間見ているのだ。


志布志市志布志町志布志の港で打ち上がる。



この日は10年ぶりにこの花火大会に足を運んだが、以前は連足で合間なし花火が上がっていた記憶があったが、今回は一つ一つの協賛企業を紹介してからの打ち上げ。さらに合間に20分の休憩が2回もあった。
長く続く不況のせいだろう。
みな、苦しいのだ。
しかし、長く引き継いできた花火の色彩と響きを絶やすまいという気持ちが打ち上がる一つ一つの花火から伝わってくる。

時代と時代のはざまに打ち上がる花火は
また深く記憶に刻まれるのだった。



以上です🎇

ナマステ✨🐉🐍🎆

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