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諏訪旅、重層する記憶💫其の一 紀記・中世編💫 

今回の帰郷の折、富士山を観に行くという事は最初から決めていたが、諏訪に行くというのは後から決めた。
今年の2月、3月、映画「鹿の国」を観たり、薩摩島津と諏訪のただならぬ関係を知ったりする内にぼくの中の気持ちが盛り上がって来ていた。
河口湖周辺をスマホの地図でよく眺めていた。拡大してみる。山と山の間を中央高速道路が走る。
近い・・・!
河口湖畔の宿は2泊取っていてレンタカーは1日半予約してある。ぼくは日帰りで河口湖から諏訪へ行くことに決めた。


八ヶ岳パーキングにて朝食。
諏訪にかなり近づいている事に興奮してくる。


早朝、諏訪に向けて中央高速道路をレンタカーでかっ飛ばしていく。レンタカー返却の時間もあるし、午後には富士山と諏訪の間の北杜市に住む知人に会う約束がある。
諏訪に行くと決めてから、諏訪文化と歴史の研究本を読み、さらに諏訪に夢中になってしまった。
行きたいところは、見たいものは沢山ある。
しかし、明らかに時間は足りない。
出来る限り回れるように日の出とともに河口湖湖畔の宿を出発した。

レンタカーは真っ赤なトヨタヴィッツだ。普段のぼくはパワーのない軽自動車に乗っているのでスピードを出しても100キロくらい。
ヴィッツは同じようなアクセルを踏む力で速度計は120キロを指し示していた。


山梨県、八ヶ岳


ヌーソロジーでは自己という存在は絶対不動で動いていると思っているのは肉体的自我だ。
車を走らせれば、ぼくを車が乗せて前へ前へと移動していくのが肉体的自我の感覚だが、本来的自己の位置では前から景色のほうが通り過ぎていく。120キロというのは概念に過ぎず、景色が通り過ぎていくだけだ。そして60キロでも100キロでも120キロでもあまり変わらない気がする。

車は岡谷ジャンクションで左に曲がりインターチェンジを降りていよいよ諏訪に降り立つ。まず、訪れたのは諏訪大社下社春宮だった。



諏訪大社下社春宮




下社の春宮秋宮の神紋カジの木は
根が五つ。


万治の石仏。
諏訪に仏教が強く入ってきたのは
平安時代か?


諏訪という地が面白いのは、記紀、それより少し前、中世の頃の儀式、祭祀が明治4年まで続いていたことだ。

昭和、戦後すぐ今井野菊という諏訪の寒天屋の女将が或日、神がかったように諏訪に伝わる道祖神、ミシャグチや千鹿頭神、天白信仰、神長官守矢家の事、諏訪の神事に纏わる全てを歩き回って聴きまわって調べ始めた。
さらに考古学の藤森栄一氏、在野の研究家の人々の尽力により諏訪の歴史と信仰、そしてそこにいた人々の事がまざまざと浮かび上がってきたのだ。


アマゾンより。
映画「鹿の国」のプロデューサーにして
「倭文旅するカジの木」の監督、
北村皆雄氏も調査執筆陣の1人だ。
一番左を読み終え興奮したぼくは即他の2冊も注文した。ますます諏訪が渦を巻くように深くなった。



下社秋宮参道前の檜。
樹齢1000年である。


様々な古資料、神代からの家系図、考古学的知見、地元の伝説、神長官守矢家に伝わる文書。

中世の諏訪の信仰、歴史はかなりはっきりしている。それ以前は様々な文書から重なる事実を見出していく。

そこから新しいものから剥ぎ取っていき、
最後に残ったものが縄文時代からの信仰、精神性ではないかと執筆者の一人故田中基氏は書いていた。

諏訪大明神、武神としての信仰、儀式は中世の武士を中心に創られていったものだろう。
下社春宮秋宮の大祝、金刺氏は大和朝廷側から遣わされた者で、上社の神長官守矢氏はそれ以前から諏訪の神事、精神を支配していた者。上社の大祝は諏訪氏だがこちらも後からやって来た者。

この辺りはタケミナカタが洩矢神と闘いこれに勝ち諏訪に入った伝説で表されている。

しかし、後から来た権力を持つ者を上手く抑え込んで神長官という職のままで諏訪を支配した守矢氏のシャーマンとしての実力と政治力がうかがい知れる。


こちらの屋敷に神長官守矢資料館と
守矢家がある。
家紋は島津と同じ丸十字だ。
諏訪大祝は2000年代に途絶えたが、
守矢氏は現在も守矢早苗氏が跡を継いでいる。


大和朝廷より派遣された下社大祝金刺氏は戦国時代、神長官守矢氏、諏訪大祝の上社勢力に滅ぼされ金刺氏がどのような神事、祭祀を行ったかはその時資料が失われたそうだ。


諏訪大社上社前宮


上社のカジの木は根が4つ。
ぼくは阿曇族が諏訪まで持ってきたのではないかと
思っている。



この前宮が守矢氏と大祝が祭祀を行った場所である。明治に大和式の社殿になったが、元々はこのような社であったようだ。


https://yatsu-genjin.jp/suwataisya/zatugaku/smaemiya.htm



前宮、十間廊に御頭祭にての
75頭の鹿の頭が祀られた。
今は剥製で行われ、神長官守矢資料館にて
その姿を観ることが出来る。


鹿の剥製。
と、わかっていれば
何のことはない。



神の使いとされた
耳裂け鹿。
向こうは兎の串刺しである。

上で紹介した本によれば下社金刺氏は大和朝廷にて働いていた阿蘇氏系列。上社大祝諏訪氏も阿蘇氏家系から分かれてきたのではと推測されている。では、神長官守矢とは何者なのか?
始祖を洩矢神とする守矢氏、途中千鹿頭神が逃げたり物部が入ってきたりとあるがかなりの最古の諏訪の部族であったことが伺える。


https://yatsu-genjin.jp/suwataisya/jinja2/oomiya.htm
ミシャグチと呼ばれる石棒。

石棒とセットで祀られる事の多い石皿。


https://intojapanwaraku.com/rock/travel-rock/13786/6/
こちらは女性器を表すという。


ぼくが思うに守矢氏も渡来系なのだろう、と思う。シャーマンであり精霊(ミシャグチ)を木に降ろし石に降ろし大祝という童子に降ろした。その他にも薬草を使いこなしたという。
では、ミシャグチという名は縄文時代から伝わったのか?
それはわからない。男女の性器を祭祀の道具、信仰の対象とするのは世界中にある。
諏訪の神事を洗いざらい新しいものから取り除いていけば最後に残るのはこの2つなのではないか。これこそが縄文から伝わってきたものではないかと、ぼくは思う。



建築家藤森照信氏デザインの
神長官守矢資料館。
諏訪には藤森姓も多く
オリエンタルラジオの藤森慎吾氏は
諏訪観光特使に任命されている。



こちらは前宮、子安社。
分かりにくいが、
巨木の周りに柄杓が奉納されていた。
ミシャグチはシャグジとも呼ばれる。



https://blog.goo.ne.jp/yamakiya/e/38a8a5e71f45f3add3ff1090f046119b
柄杓のカタチは北斗七星を
現していると思われる。




其の二へ続く💫


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