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絶対不動の自己視点を求めて💫

23歳、大学を出て初就職した会社が勤め始めて2カ月で即倒産した。それまで轢かれたレールの上を歩くような人生でぼくはいいのだと思っていたけれど、前へ伸びていたように思えていたレールは忽然と消え去ってしまった。

瓦解。

目の前の風景がぐらぐら揺れてるように見えた。

ぼくが生きている世界には何もない。確固たるものなんて何もないとぼくは思い知らされた。
それからぼくは確固たるものを求めてインドへ旅したり農業を学び始めたりした。
インドから日本へ帰ってきて、農業研修生をし始めた。何か自分で作れるようになりたいと思ったのだ。研修生をし始めた時も世界はぐらぐら揺れて見える事があった。自分が作り出す不安や恐れが世界を揺らしていたのだろう。

冬から通い始めて半年後、タマネギやじゃがいもを大量に収穫した。ぼくも畑を耕したり植えるのを手伝ったタマネギとじゃがいもだった。
陰干しのために倉庫の屋根に沢山吊り下げられたタマネギとビニールハウスのなかで乾燥させるために広げた沢山のじゃがいもを見てぼくはようやく生きていけると安心した。
自分が存在しているということを実感出来たのかもしれない。

しかし、農業も甘くなかった。収益に結びつきやすいトマトに欲をかいて肥料を増やし病気で全滅させたりもした。またまたお先真っ暗闇を味わった。

その頃、瞑想にも出会った。魂というのは何のか知りたかった。自分が存在してる世界やその根源的なものを確かめたかったのだろう。
勿論、瞑想の世界も簡単ではない。幾つかの瞑想を経験したが、悟りのようなものには至らなかった。

その後、ぼくの人生は二転三転してヌーソロジーと出会うことになる。そして、ヌーソロジーは知っていた。本当の自分の位置を。魂の位置を。
何故世界がぐらぐら揺れたのかも。



鉛筆の右側がぼくの絶対不動の自己の位置だ。
ぼくの魂はここから世界を動くことなく見ていたのだ。鉛筆の先にある平面にある座標。そこはぼくが生きていると思っていた3次元の世界だ(4次元時空)。揺れる世界にはぼくは入っていなかった。

もっと言えばぼくはこの鉛筆、一本の線なのだ。一本の線がベクトルを向けた先に4次元時空は現れる。なかなか実感は出来ないのだけど✏️💫

探し求めた何があっても揺るがない絶対不動の自己視点はここにあったのだ。

🌟  ✏️  🌟  ✏️  🌟  ✏️  🌟 ✏️

ぼくはこの自己視点を確固たるものとして確立出来ているかと言えば、そうではない。
4次元時空の由なし事で、その中に入り込み、自我的な感情はあっちにいったりこっちにいったりする。ヌーソロジーを始めて、この事に気づいて極力常日頃、自分の位置を意識するようにしてはいるが、まだまだ未熟なのである。

絶対不動で「前は前」。
ぐらぐらする世界を前にしても
不動の位置で生きていく。
魂、身体は不動なのだ。

未熟者ではあるが、日々精進して行くのみなのだ。


🌸  ✏️  🌸  ✏️  🌸  ✏️  🌸  


世界は円環している。
不動位置から見ていると
グルリとまわって
またまた桜の季節がやってきた。


追伸。



以上です!

ご一読ありがとうございました🌸

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