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鹿頭神の行方と縄文の残り香

諏訪古部族三部作を
読み終わりそうな頃合いに来ている。



研究者の方々も気付いたと思うが、
縄文から濃く繋がるのは
守矢神長官守矢家三代目 千鹿頭神だろう。

丁未の乱で物部守屋が破れ
その息子が守矢家系図に入り
千鹿頭神は松本に逃れたという。

守矢家の初代を洩矢神としたのは物部かもしれない。

千鹿頭神は諏訪から関東以北にて
祀られた形跡が残る。

その人々は山人となりて
山伝いに暮らしていたのだろう。

栃木男体山周辺に多くの
〈チカツ〉〈チカト〉神社が残り
〈クジラ〉と音のする町に
彼らは住んでいたという。

彼らは鹿をはじめとする
野生動物を狩り
食物とするだけでなく
皮を里の者と取引したのだろう。

その皮は鎧などに使われた。
勿論、薬草などにも詳しく
宇都宮の宇津救命丸の元になった
丸薬なども作ることが出来たのだろう。

江戸時代の身分制度で
動物の皮を扱う人々は
穢多という身分に入れられた。

縄文から山野を駆け巡り
大和側の攻勢から生き残った人々は
その時代にいよいよ人間社会の中に
閉じ込められたのだ。

現代人が憧れる
縄文人は
我ら現代人の先祖である
渡来系の氏族によって
ことごとく蹴散らされ

その蹴散らされた
縄文人に
現代人は憧れを持つ。

縄文文明1万3千年前から
1万年続いたという。

現代文明は日本においては
たったの157年である。

(江戸時代の身分制度は社会を有機的に回す区分で本格的な差別が始まるのは近代化された明治からだと思われる)



https://www.zero-position.com/entry/2022/12/30/163000
諏訪から北関東へと広がった千鹿頭神。
天白というのは出雲系羽衣伝説で
伊勢から諏訪へと天竜川伝いに伝わった。
諏訪へ大和が来た時、千鹿頭神は逃げたが
天白側の蟹河原長者は闘い、これに敗れる。
今井野菊氏が伊勢へ天白のフィールドワークをした時、
伊勢は出雲だったんだよと、教わったという。


こうした差別から憧れへ、というようなひっくり返りがぼくらが生きている現象世界ではっきりと見えるということは、潜象世界(精神、無意識、記憶、の世界)では何かと何かが統合されたということ。

農耕民俗でなかった頃の記憶と農耕民俗となってからの記憶が統合されたのかもしれない。
🦌💫🌾

ぼくら現代人は食べ物を日々を生きていく栄養とか糧とか分離した感覚になってしまっているが(食べ物だけでなく全てを物質として分離させていく方向にある)、彼らにとって食べるということは生命の循環の中にいるということだったのだろう。

鹿を獲り、全身余すことなく食し、毛皮も使う。
鯨も食していたのだろう。狩猟採集民の活動範囲は陸地だけではなかったのだろう。




人間はますますモノを生命から分離させた物質へと加速させていく。その究極的な存在としてAIが現れた。
そして、ますます生命から離れ、そのAIという物質に取り込まれて行こうとしている・・・


食べるということだけでなく、生きるということは生命の輪、生命の回転のほんの一部分が見えているだけだ。(記憶の渦とも言えるかもしれない。記憶の一部分を見ていると言ってもいいのだろう。)

回転の見えてない側は死の側にあるのだ。


ご一読ありがとうございました✨🐳🦌












以上です🌟🐳🦌


ナマステ✨🐉🐍

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