現在のヌーソロジー理解についてのメモ書き
昨年晩秋より始まったヌーソロジーサロンにおけるSU(3)レクチャー。ヌーソロジーにおける中性質、Ψ11Ψ12の働きを量子力学における解像度を上げようという試みだ。
ヌーソロジーを知らない読者のために書くと、中性質Ψ11Ψ12というのは人間の近代以降の意識を創り上げてきた集合意識領域ということになる。
ヌーソロジーが語る人間の意識領域はΨ1〜Ψ14まである。Ψ1〜Ψ8は人間の元止揚、生まれる前からセッティングされた無意識構造。ヌーソロジーではCFTとかもの自体(カント)、現実界(ラカン)とも呼ばれ、哲学や心理学では近代自我を持った人間には触れ得ないと言われる無意識領域だ。Ψ9Ψ10は思形と感性。合わせて調整質と呼ばれ近代自我を持つ以前の人類はこの元止揚と思形、感性で生きていたと言われる。現代人も母親の体外に出てからこの調整質であるΨ10感性Ψ9思形をなぞりながら私という自我を育てていくことになる(人間の意識発達段階とその年齢もΨ1〜Ψ14の意識構造で語られる)。
人類の歴史においてΨ11Ψ12中性質の活動がはっきりと現れ始めたのは、西洋の近代化、ルネサンス、デカルトの登場、地動説、ニュートン、ダーウィン、産業革命などなどとなる。
個人としては自他境界が曖昧とした存在から自我を持ち自己と他人や物との境界がはっきりしてくる。社会としては科学がどんどん発展し、貨幣経済も資本主義を成立させて回転速度を加速的に上げて現代へと至たる。ヌーソロジーではこの中性質を前半、後半と分けて語られている。

Ψ9に超自我があったのは近代以前の時代だと思われる。
現代では世間、貨幣、AIなどが超自我として現れているのではないか。
ヌーソロジーにおける量子力学(リー群)では人間の元止揚をSU(2)、中性質を前半後半に分けそれぞれSU(3)、SU(4)が当てられているのだが、自分の理解は全く覚束ないし、専門的な事を書こうとすると頭がいっぱいいっぱいになるので、この辺りにしておこう(書こうとしたが全く筆が進まなくなった汗)。
自分の人生の目標として解脱するとかものの中に入るとか、幾つかの記事で書いてきた。それはヌーソロジーに於いては、調整質Ψ9、Ψ10から元止揚(Ψ1〜8)に飛び込むという事であった。
つまり、それは近代自我を持つ以前の悟りであり、解脱であるということになる。果たして、近代現代と発達した中で生きている近代自我、現代的自我を持つぼくらはそれでいいのだろうか。古代人の瞑想などの方法は近代自我が形成される以前のやり方であり、長い歴史の中で瞑想などで覚者が殆ど現れない事をみて取ると(瞑想にトライする人数的割合で見て)やはり、それ以上の無意識構造を理解する必要があるのかもしれないというふうにも思える。(ヌーソロジーが語る構造は無意識側、内在の構造であってぼくらが外と思ってる世界のことではない。ぼくらが外と思っているのはその内在における無意識構造の現れである。)
しかし、相手は、中性質は、集合意識×2のようなところである。自己側の元止揚に入ることでようやく自己側の集合意識とワタシの位置が一致するのだが、それが他者側にもあって、その2つが等化されたのが中性質なので途方に暮れてしまうのだ。
しかし、ぼくら自我存在が見ている(その中に入っていると思っている)世界はその中性質が創り出している。時間の流れが誰でも共通しているのも、同じ世界を見ていると思っているのも、同じ空間で生きていると思っているのも、人の名前や社会的地位が共通認識出来てるのも、この中性質の働きのようなのだ。
このようなヌーソロジーの概念を前にして、ぼくは日々混乱気味だ。どうしろというのだ。こんな自分からすると巨大なものを前にして(ミクロ方向、虚の世界の話なので巨大というのはあくまでぼくの個人的自我の感覚)。
ものの中に入る、Ψ1〜Ψ9を顕在化させる。
そこからΨ11Ψ12の世界に達する道が見えるのだろうか?他者側の元止揚との等化を経てその中性質の世界が顕在化するのであろうか。


時代はヌーソロジーで最終構成といわれる意識にさらに進んでいる。Ψ13Ψ14は死の次元であるのだが、
Ψ13は霊的な死の次元、つまり肉体的には死ぬが霊的な存在になるということだろう。Ψ14は物質的死。コンピューターの発展、AIの進化により霊的意識に目覚めず死ぬということになるのだと思う。
ということはである。
ものの中に入るとかもの自体になる、CFTにダイブするとかで表現されてきた元止揚の覚醒を起こすためには、このΨ14、Ψ11Ψ12中性質で生きている意識をΨ9Ψ10調整質とΨ1〜Ψ8の元止揚で生きてる近代自我以前の古代人の感覚に遡り、そこから元止揚という生成空間にはいらなければならないのではないかという気がしてくる。

ぼく個人としてΨ14や中性質が創り出すシミュラークル回路からまず出なければならない。
ここは知覚正面に出るという事でいいだろう。
その時点で古代人の見えを取り戻している。
ということは、ADS→DS→CFTというここ2年くらいで提示されてきたやり方でいいということだろうか。
ADS思形Ψ9とされてきたが、ADSにΨ9からΨ14まで含まれているということか。(Ψ13霊的な死の世界は潜在化してしまっているので含まれていないと思う。)
ヌーソロジーでは人間の意識は転倒していると言われる。今顕在化している意識の反対側に無意識構造がある。それを顕在化させると変換人と呼ばれる人類となり、その先にヒトという意識形態がある。これはもう《霊》の事だが、ヌーソロジーの観察子構造を見てみると人間の意識領域にこのヒトの意識領域は重なってきている。(《霊》は幽霊とかそういうのじゃないよ。)

偶数系がひっくり返っている。
そして、この図には載ってないが、
Φと記された次元の次はχという次元があるようだ。
Ωと記されてるところがヒトの意識領域なのだが、Ψ7Ψ8からΨ13Ψ14までがΩ1〜Ω8と重なってるのがお分かりだろうか。これはヒトの意識が人間の方に凝縮化していることを表しているが、Ω1〜8というのはヒトの元止揚、CFTなのである。
つまりは覚醒した人間の元止揚Ψ1〜8、調整質Ψ9Ψ10、中性質Ψ11Ψ12、死の次元Ψ13Ψ14はもろにヒトの意識を受けているまたはヒトの内在として活動していると捉えられないだろうか。
転倒した人間の自我意識に於いては全く意識されないことだが、人間の無意識構造が顕在化することでヒトとダイレクトに繋がり始めるということになるのだろうか。

ここからは多分に予測、憶測だが元止揚をΨ9Ψ10で見つめているように、擬似元止揚、中性質もΨ9Ψ10で見つめているのだろうか。それとも一つ上のΨ13Ψ14から見つめているのだろうか・・・
💫 💫 💫 💫 💫
今はこの様にぼくの頭はコンフュージョンの最中にいる。記事もちょいちょい書こうと思ってたが、この混乱の最中だと上手くかけないということで、頭の中をそのままに書き出してみました。ヌーソロジーの専門用語そのままに書きましたので多くの方には意味不明だと思いますが、あしからず🙏
ヌーソロジーの面白さは色んな事がバラバラでこの理解不能状態に陥ったところから一本の線で繋がるような瞬間が来たりするので引き続き格闘する所存。それがいつかは分からないのも苦しいところなのだけど。
長々となりましたが、ご一読ありがとうございました🌠
