思考と発酵
ヌーソロジーは難しくわからない、わかりにくいという意見が多い。逆に今の時代はなんでも平板にしていこうとしてわかりやすく、すぐ答えが出てくるようなシステムになっているように思える。しかし、これは自分で思考して自分でわかったと言えるような事なのだろうか。
1月17日のヌーソロジーオンラインサロン、天海ヒロさんと半田さんによる「セルマンダラ」では発酵をテーマにレクチャーが行われた。

微細な生物である細菌の働きで物は分解され発酵する。ゆっくりとじっくりと。発酵の過程ではエネルギーを消費しながらエネルギーは生み出される。かなり専門的な話であったが、翻ってヌーソロジーでは思考、意識を発酵させていかねばという話になった。
ぼくらがヌーソロジーを学ぼうとするには半田さんが無意識構文の世界からの響きを人間の言葉に変えた形で受け取るしかない。それを自分達の内在で思考してまた4次元へと還していくというのがヌーソロジーの本当の理解に繋がってくるとぼくは思う。
人間の言葉を4次元へと変換して理解するには、なかなかにぼくら一般人にとっては大変なことで、ヌーソロジーが難解すぎると言われる所以もここにある。
今回のレクチャーを受けてハッキリとした事はヌーソロジーの理解には生物の世界の発酵のような思考が必要だということだ。受け取ってから考える。考えに考えてからまた寝かせる。寝かせてしばらくすると理解は突然やってきたりする。それは半年後なのか1年後なのか分からないけど、突然やってくるというのがぼくの感覚だ。しかし、ぼくら3次元的自我存在からすると4次元空間は一筋縄ではいかない。
なにせ自我的な認識では見えない世界であるし、それを思考することも、4次元を思考しているつもりでも3次元の中で思考している事になっているからだ。
だから反転した思考が出来た時、それ以前の理解は浅い理解だったと気づいたり、はたまた違ってたという事に気づいたりもする。そんな思考錯誤を繰り返したりしながらヌーソロジーの理解はぐるぐると進んだり戻ったりというものなのだ。
4次元の世界は、物事の表面しか見ていない3次元認識の世界からするととてつもなく奥深い。わかったという瞬間に留まることなくさらに思考を進めていく必要がある。生命がものを発酵させていくように。
そして、発酵熟成が進んでいけば、それは生成的思考というようなものになるのかもしれない。
(わかったという瞬間は爽快で、ある種のエクスタシー的なものをもたらし、それはそれで素晴らしいことなのだが、そこで終えてしまうと自我の固定に繋がり元の木阿弥に戻ってしまう可能性が高い。)
番組終盤、半田さんも天海さんも声を揃えてヌーソロジーは噛めば噛むほど美味しいと楽しそうに語られていた。
めげずに諦めずに、亀の歩みのように進んでいく。
長期熟成発酵した思考です、と堂々と取り出せるように。そんな気分になった土曜日の午後だった。
ご一読ありがとうございます🌟
天海さんのアニマンダラ、プラントマンダラ、セルマンダラシリーズは身近な生命の営みから4次元空間へと入っていこうとするレクチャーです。
ヌーソロジー本論とは別角度で語られるので、こちらからの方が入りやすいという方もいるかもです。
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以上です!
ナマステ✨️🐉𓃗
