VR世界と意識の位置🌟 呑み込まれるかどうかはワタシもアナタも位置次第💫
ヌーソロジーの仲間からこんな話を聴いた。
「VRでエジプトのピラミッドを味わえるイベントに行ったけど、眉間鉛筆の感覚だったんですよね。前からずれなかった。私的にVRは《前》に全集中な体感でした。」
「VRは五感的な体感もまだまだという感じだし、まだ傍観者としてしか存在できない感じがしました。VRの登場人物が、私の存在を感じているという感覚がなかったので。」
ぼくはヌーソロジーを始める以前より、このまま行くとバーチャル空間にいずれ人間は閉じ込められてしまうのではないか。そして魂、霊的な働きから離れてしまうのではないか・・・と、危惧していた。
そう映画マトリックス的な世界である。遙か先の未来にケーブル繋ぎまくってというのは違うかなと思ってたけど、チップなんか入れて出来てしまうのではないか?なんて想像して、その自分の想像に怯えていたのだった。。。ヌーソロジーを始めて想像的未来を考えることも怯えることも殆どなくなったけど、ヌーソロジー仲間のこの感想は、如何にヌーソロジーの語る自己視点の位置を取り戻していくこと、前が知覚の世界、心の世界、自己の本当の主体だという感覚を養っていく事が大事か、示唆に富んでいるのだ。

危ないのは、自分は広大な宇宙の中の小さな存在で、その中でさらにバーチャル世界の中に入って行くという感覚になってしまう事だ。これはヌーソロジーで言えば他者視線化した世界観で生きている中で、さらに他者視線化した世界に入っていくということになる。現代的な物質世界は4次元5次元の投影なので、物質世界でVR世界コピーのさらにコピーされた世界に入ていくということだ。現代人はどんどん本来的な魂の位置を見失い、その存在すら忘れているが、もしかしたら身体の片割れである肉体的な自分からも離れていってしまうかもしれない。
現在でも自己を見失う事から様々な精神的な病理、病は気からに従えば肉体的な病気も増加していっている。自分を見失っていく世界にとらわれないためにするには・・・
しかし、社会的にはこの流れは抗えないくらいの激流で先へ先へと進んでいる。パソコンやスマホ、AIが当たり前になったようにバーチャル世界も当たり前になってくる。
抗う事は善悪二元論の範疇内。
ぼくが生きてるのはその範疇ではない。
善悪∞悪善、陰の中に陽があり陽の中に陰がある、双対四値の住人なのだ。

「私的にVRは《前》に全集中な体感でした。」
流石ですね、なんて感想が浮かんだが(勿論流石なのだが)、よく考えてみるとVRゴーグルをつけて見る世界も自分の視覚で見てる世界も自分の知覚なのである。
知覚正面で捉えればバーチャル世界も「前は前」。
当たり「前」の事であった。
要するに、いつも書いている4次元の位置《自己視点》に身を置けばなんら問題ないのである。
ヌーソロジー仲間の感想によればVRはまだまだ五感全体ではない感じとのこと。おそらくこの先技術が進めば、その世界は猛烈な没入感を得られることとなるだろう。その時、自分の位置を見失わないようにするためには、矢張り今やってることと同じ事をしてればいいのだ。
他者視線化を脱する=自己視点を取り戻す。
という事を日々是、楽しんでやるだけで、長年の憂鬱の元もこれで解決なのであった。

以上です☀️
ナマステ✨️🐉🐍
