2025年のヌーソロジー
今年もぼくなりにヌーソロジーに如何にして取り組んできたか振り返ってみようと思う。
2025年はヌーソロジーでは「他者側にまわる」と言われていた。だから、より「他者」を意識した。
「他者とは何か?」
「他者側にまわるとはなにか!?」
を、年が変わる前、そして変わったあともしょっちゅう考えていた。自分の身の回りのできごとは他者からのまなざしなのだろうか?とか。猛烈にストレスを感じたような出来事こそ他者が自分の自己にまたは自我に映し出しているのだろうかとか。。。
それによって強烈にストレスを感じるような事も乗り越えられたし、自分のなかで新たな視点を得る事も出来たと思う。
目の前の3次元世界の捉え方が大きく変わったと思う。
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それとは別に、ヌーソロジーを始めた時、ヌーソロジーはどのようにして精神、潜在意識の側、悟りや覚醒といわれるような境地に達するのだろう?という疑問に2025年は自分なりに答えを出すことが出来た。
それはヌーソロジーが新たに取り入れたADS・DS・CFT対応であったり、ヌーソロジーサロン内の初心者向け統心ヌースクール、2月回にてりんご反転ワークを学んでヌーソロジーのワーク的取り組みを知ったからだった。

今までADS的な理解でヌーソロジーを理解していたのが、この2つで数珠繋がりにバラバラであった意識の次元の理解が繋がったのだ。それは本当に螺旋を描くようにして。

勿論まだまだぼくは《ものの中・CFT》には到達出来ないけど、実際的な空間、自分の「前」の空間で考えたり描像することで、飛躍的に半田さんの言うことも以前よりわかるようになってきたし(本人比)、幾何学的にも理解出来るようになっていった。
そう、見てる視野空間が曲がり始めた事が大きな自信となった。
無我夢中。
ヌーソロジーと自分の関係性を考えた時に浮かぶのはこの言葉。ホントに無我夢中で取り組ん出来たと思う。取り組んんだという言葉も学んだという言葉もその状態にはそぐわない感じがする。
なんでやるかとか、ヌーソロジーをどう活かすかとか、そういう事は考えない。
一直線に自分の奥行に従ってトコトン突き進んだ感じなのだ。
昨年2024年はヌーソロジーを学ぶ事が楽しくもありつつ、猛烈な孤独感をかんしたりもしたけど、今年はそういう孤独感に苛まれることもなく、周りを気にせず突き進めたと思う。

会った人に理解が早いねとか、ノート凄いねとか言われることもあるけれど、言われて初めてそうなんだと気づく事であって、自分としてはそうしたいからそうしてるというだけなのだ。
「前」に向かって突き進んでるだけなのだ。

ヌーソロジーは誰かにいわれたからやるとか、
誰かがやってるからやるとか、それではダメなのだ。自分の「奥行き」にヌーソロジーがピタリと来た時、
自分の「前」にヌーソロジーがズバっと来た時、どんなに難しくても、どんなにわけわからなくてものめり込んでいけるのだ。
これからもnoteにしろ他のSNSでもぼくはヌーソロジーの事を書いていく。もしかしたら、誰かの「前」にヌーソロジーが現れるかもしれないから。誰かの奥行にヌーソロジーが垂直的にビビビとくるかもしれないから。
自分の「前」にそれが現れたときみたいに。
自分の奥行きがそれと一致した時みたいに。
今年は2度の大阪、神奈川への里帰り、そして11月の博多と目指す方向性が一致する多くの方々と出会うことが出来た。以前より深いところで出会うことが出来るようになったと思う。
ネット、SNSにおいても然り。
感謝の念を込めて。
追記🌟
晩秋よりこちらNooswave magazineにおいても記事を掲載して頂けることになりました。
良かったらこちらも宜しくお願い致します🌟🌟🌟
