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《リアル》とは何か!?

ネット、SNS偏重の現代人類文明。
SNSが出てきてからネットでない世界を「リアル」と呼んだりする。
いっとき前はリア充と言ってネットでない世界の充実感をネットでアピールする言葉が流行った。

しかし、そこは本当のリアルなのだろうか?
ネットの世界も物質世界も同じ領域にあるのではないか?
意識の事を考えているとどちらもリアルではない気がしてくる。
では、本当の《リアル》とは何なのか?

本来的自己の位置

現生人類は本来的な自己の位置を見失い
他者視線化した自我で生きている。
これは近代自我の誕生を発端にしており、
現代になってますます他者視線化、他我化が進んでいる。


客観世界と主観世界

他者視線化、他我化しているということは
客観世界で生きているということになる。
現代では客観視して物事を視るということが是とされているが、これは本来的な自己の位置を見失った状態である。
主観世界は自己の感性、感覚の世界である。それは実存的であるけれど、自己の世界で閉じている。
客観世界よりリアルに近いけれど、まだ自己の内であり物そのものの根源に触れられてない状態である。

リアルとは何か!?

西洋哲学者のカント、心理学者のラカン。
カントはリアルを物自体と呼んでそこに人間はたどり着く事は出来ないと言った。


心理学者ラカンもまたそこを現実界と呼び、人間はそこに触れることは出来ないと言った。


ドイツの哲学者ハイデガー。
ハイデガーはカント、ラカンがそこに行くのは不可能と言った物自体、現実界を「なる」「存在」と呼び、そこからの呼び声を聴きそこに還る事を提唱した。

「存在」こそがフィシスであり、世界を生成してくる根源、「いる」と書いてあるところがハイデガー哲学では本来的な自己の位置。
「ある」とあるところが「存在者」ぼくらのような近代自我人間、「なる」〈存在〉に創造された現生人類。

生命にとっての本来のリアルはこの存在、現実界、物自体の位置なのである。
大事なのは身体知🌟🌟🌟



しかし、人類はテクノロジーの発展によりさらに低次元に身を落としてしまっているように思える。
四六時中、スマホやパソコンの画面に浮かぶ文字や画像、映像に接続され、3次元の存在どころか2次元の存在に身を落としてしまっている・・・


この事により、スマホパソコンの2次元的コミュニケーションをしてる同士の3次元的出会いをリアルと呼び、少し前は3次元的物質世界の充実をリア充と呼びそれを2次元スマホ画面でアピールするという現象まで起きるようになった。

本当のリアルは物質界、3次元の先にある4次元の位置。そこから入っていく物自体、現実界、「なる、存在」の位置だという認識を取り戻さねばならない。


しかし、ネット、SNSを否定するものではない。
ネットがあってこそ、知ることが出来たもの、
出会う事が出来たもの、出会う事が出来た人がいるのだから。(盲目的、依存的、受動的にネットSNS、AIを使うのは危険。)

現生人類はネット、SNS、AIを利用して、たどり着くべき場所にたどり着く事が出来る。
もっと言えばテクノロジーの使い方を誤らなければ、人間の無意識を顕在化出来る。
AIには持ち得ない無意識、生命のネットワーク。それが顕在化される。

見失った自己の位置、無意識の世界
そして創造する側の「存在」の位置を取り戻すことが出来るのだ。





ほんとにものの中に入れたら全てがリアルになるのかもしれませんね〜🌐🌟🌈

ご一読ありがとうございました🌟
ナマステ✨🐉🐍

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