「シュタイナー思想とヌーソロジー」⑤ 霊的対象認識(ものの中へ)の巻
久方ぶりになりましたが書籍「シュタイナー思想とヌーソロジー」より引用しながら記事を書きたいと思います。
今までの記事はこちらからご覧になられます。
《高次宇宙と真の自我性》
《意識魂の時代と低次の自我と高次の自我》
《高次の自我の育て方🌟》
《輪廻とは何か!?💫ぐるぐるまわる螺旋の渦💫》以上4本下のマガジンにて。
今回は対象(物)認識について。
よくぼくは記事にて自己と他者を《もの》が繋いでいる💫とか書きますが、今回出てくる対象とはその《もの》をどう見るかという事です。そして、その《もの》とは生成空間、フィシス、空などと言い換えることが出来るでしょう。
今回はシュタイナー思想におけるものの中の入り方やそこでの認識についての内容となります。
シュタイナー研究家、福田秀樹さんパートより。
地球紀における人間の意識進化〜
対象意識の形成



《地球が今のような物質形成が始まったのはシュタイナーによればレムリア時代💫
半物質、半エーテル。》
一体どんな感じなんだー!!🌐💫
《レムリア期以降物質化が進展する中で、人間は徐々に物質的身体に沈殿するようになり、その事を通じて、真の自我性の基礎である「自己独立性」を形成している》
人間の精神が、そして高次宇宙が進化していくために一度物質的文明を生きる必要があったということですね🏢🚗🖥️📳🚅🚀✈️🗼

《土星紀🪐 人間の宇宙への出現、鉱物意識に相当する昏睡意識を獲得。
太陽紀☀️ エーテル体の基礎を獲得。植物意識に相当する睡眠意識を獲得。
月紀🌜️ アストラル体を獲得。動物意識に相当する夢象意識を獲得。
地球紀🌐 自我性を獲得。
肉体を基礎とする自我意識を形成。同時にこの肉体自我と周囲の事物を対象として明瞭に把握する「対象意識」を形成。》
地球紀以前は今の人間とは大分違った存在であったようですね。自我が確立することで周囲と自分の境界がはっきりとするようになった。
それ以前は曖昧模糊、渾然一体となった意識だったと言えますね。
ここでシュタイナーの時代区分を紹介しておきます。とても壮大な流れの中での一コマのように感じますがぼくらの「今」に「身体」にこの流れの全てが詰まっているとも言えます。

本題から外れますがこの時間は空間化して霊的空間に存在する。それが凝縮化してぼくらの肉体ではない「身体=精神+物質」にある。
「身体=精神+物質」は上で言った生成空間、もの、フィシス、空などと言い換える事が出来ると思います。
この壮大な流れはコンパクト化してぼくら物質世界の一番小さな点の中にある。そこから吹き出してくる存在がぼくら、肉体&自我の存在のようです。

霊的な空間ではぼくらの世界は
コンパクト化しているけど
物質世界では逆に霊的世界がコンパクト化している💫
霊的な対象意識の特徴〜外在性と内在性の両立

《物質世界において人間は対象を自己の外部に見るが、霊的世界においては対象を単純に自己の外に見るのではなく、対象外部から自分自身が対象内部に流れ込み、自己と対象を一体化させ、対象をその内部から観察していく。》
ぼくら現代人は自分と目の前の物質は分離していると認識し、そういう見方、そしてその見方に基づいた世界観、科学、物理学の中で生活しています。
霊的対象認識においては、福田さんの書き方は難しいですが、
対象物とぼくらの心は分離していない、対象物の中に心があるということです。
もう一段階進めた言い方をすると周囲の物、人、の方にぼくらがそれらを対象として見た時、心は周囲の物、人の方にあるという事です。
これはヌーソロジー、シュタイナーだけでなくてフランスの西洋哲学ルイ・アンリ・ベルクソンも言っている事です。
「われわれが対象を知覚するのはわれわれのうちにおいてではなく、対象のうちにおいて」
アンリ・ベルクソン(2001)『思考と運動・上』第三文明社
わたしが椅子をふと眺める。わたし以外が見ればただの平凡なオフィスチェアと見えるだろう。しかしわたしにとっては、その椅子を眺めることは、わたし自身のかけがえのない記憶や、それに裏付けられる時間の厚み、こうしたものを思い知ることであり、この椅子を時間においてすでに私の一部となったものとして認識することなのである。

《霊的対象意識においては、霊的空間においてまず、自己の魂が認識対象を取り囲むように12の位置に分散して存在するようになります。この12の位置は霊的太陽を取り囲むように黄道12宮の12に対応している。霊的対象意識においては黄道12宮そのものではないが、いわば黄道12宮を縮小化したような観察位置を認識対象の周りに作り出し、そこから、対象の周りに分散するような形で対象を観察する。
高次自我がこの12に分散した魂全体を統括している。
そして、分散した魂の位置から、自己の思考、感情、意思という魂の成分を流し込み、自己意識を維持しつつも認識対象と一体となって、その対象を対象内部から経験、観察していく。》

来ましたー!!シュタイナーのシュタイナーらしいシュタイナー的表現、行法ですね。ぼくなりに分かる範囲で解説を試みると、
霊的太陽というのはエーテル体の事ですね。
そして物質世界において、ぼくらの肉体、または周りの物質の中で眠ってしまっている。
そこに対象周りに魂を12の位置に分散させて・・・
んな事出来るかいっ!!ってちゃぶ台ひっくり返したくなりますが、今回載せきれない先のページを見ると、12の位置というのは12感覚の事に思われます。そして、この12の位置はヌーソロジーの人間における意識次元を現すψ1〜ψ12までに対応していると思います。(ψ13、ψ14は死の次元となります。)
シュタイナーの行法が詳しくどうやるかは、今はわかりませんが、ものの中に入っていく方法、ワークはヌーソロジーにもあり、そちらの方が大変シンプルだとぼくは感じます。
いずれそちらも記事にしたいと思っています💫

カタカムナ、オノマトペ、トーン言語、詩など
霊的形象はプラトン立体、神聖幾何学、曼荼羅など

《霊的世界の対象意識は真の自我性の持つ「自己独立性」と「自他同一性」の両方の性質が必要となる。霊的な対象意識においては、対象を対象として明瞭に意識化するために、常に自他の区別、つまり「自己=自己独立性」の保持が必要です。しかし、対象と完全に一体化するには「自他同一性」が必要なのです。》
《認識対象と完全に一体化しながらも自らの自我性を失わない、独立性を失わない。これは矛盾ですがこの矛盾する性質を兼ね備えた自我が「真の自我」です。》

《太古の時代、人間はこのような自我が未発達でした。特に自己独立性が未発達であったのです。そのため人間には霊的認識は存在したが、対象に流れ込むと主客未分化の状態となり漠然とした霊的認識しか持ち得なかった。自己意識が維持されない、対象と未分化の霊的認識は自我発達以前の古い時代の霊的認識です。》
さて、ものの中への入る如何様な方法においても必要になってくることが自己独立性と自他同一性のようです。
自他同一性は近代自我の確立以前よりあった。
古代人は境界を普通に認識でき儀式においてぼくらより簡単に《もの》と一つになれた。
または瞑想などでもそうであったと思う。
しかし、その時代では自己独立性(近代自我の確立)がなく《ものと一体化》すると自己意識は失われたと思われる。
宇宙の精神の進化はその先を求めている。
ものと一体化しながらも「個我」を明瞭にする。
霊的世界において同一性の中に差異を見いだしていく。
それが出来なければ今までの「空」などの悟り、一神教的宗教が人類の限界になり、世界は物質化一元化に歯止めがかからなくなろうとしている。
スピリチュアルのワンネスもこの自己独立性、自他一体性の差異がわからないのであろう。(毎度しつこく書いていますが、これからもしつこくここは書いていきます!)
福田秀樹さんが書いてある通りぼくらの本体である「霊」というのは矛盾を併せ持った存在。
連続即切断、切断即連続。
720度のメビウス存在。

2025年、いよいよ《ものの中へ》🌟
人類意識へ宇宙からの進化の方向性へのメッセージが響き渡ってるように感じる日々です🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟






以上です!
ナマステ✨🐉🐍
