【人生の栞・葉】#03 苺の便箋と届かなかった耳かき —— 父との「話し直し」の記録
こんにちは、てるてるです。
私の中には、どうしてもほどけない結び目があります。
20年以上前、酒のニオイと怒鳴り声に震えていたあの食卓。
離婚という形で幕を閉じたはずの父との月日は、大人になった私の元へ、時折「苺の便箋」や「着信履歴」となって静かに届いていました。
これは、許すことでも、乗り越えることでもない。
ただ、最期まで交わることのなかった苺の便箋と耳かきがつなぐ、歪(いびつ)で小さな引力の物語です。
苺の便箋と、知らない筆跡
父は、中学までしか学校に通っていませんでした。
「お父さんは字があまり書けないから、代わりに書いてくれないか?」
幼い頃、父に頼まれて宛名書きをした記憶があります。
たどたどしく、少しだけ読みづらい父の字。
けれど、疎遠になってから届くようになった、白地に苺の絵柄の便箋には、私の知らない、整った筆跡が並んでいました。
自分の字では届かないと分かっていたのか。
それとも、誰かに代筆を頼むほど切実だったのか。
住所も電話番号も知られている中で、私は一度も返事を書きませんでした。
何も返さないこと。
それが、あの頃の自分を守るために、私にできる精一杯の距離の取り方だったのです。
「ご飯が食べたい」という、父らしい絶望
2年前の夏、誕生日ではない日に電話が鳴りました。
2度目の着信で意を決して出た私に、父は食道癌の末期であることを告げました。
「痛くて、もう口から食べられない。ご飯が食べたい」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に蘇ったのは、母の作った夕飯を食べた後、さらに自分でラーメンや野菜炒めを作って平らげていた、あの頃の父の旺盛な食欲でした。
あんなに貪欲に『生』を食らっていた父が、今は一滴の水さえ拒まれる、静かな檻の中に囚われている。
それは、どんな泣き言よりも「父らしい絶望」に聞こえました。
持っていかなかった耳かき
「頼める人がいなくてな。家にある耳かき、持ってきてほしいんだ。病院の売店のは、どうも合わなくて」
弱々しい声で頼まれた、小さな日用品。けれど、私は耳かきを持っていきませんでした。
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