【人生の栞】親指ひとつの外側で。手紙という「遅れる」贅沢
こんにちは、てるてるです。
数年前、私はデジタルデトックスとしてSNSの断捨離を始めました。
連絡ツールとして手放しがたかったLINEも、思い切ってアンインストールしました。
それから約2年。
私の手元に残ったのは、親指ひとつで届く即時性ではなく、便箋を選び、切手を貼り、返事を待つという「ゆっくりとした時間」でした。
便利さの影に隠れてしまいがちな、手書きの体温と思考の余白についての記録です。
選び取った「つながり」の形
LINEをやめるとき、「これからはメールや手紙でやり取りをしたい」と数人の友人に伝えました。
つながりが途切れてしまう不安もありましたが、蓋を開けてみれば、不思議と「手紙を続けよう」と言ってくれる友人が多く残りました。
彼女たちもまた、手書きの文字がもつあたたかさを、そして、便箋や切手を選ぶ時間の愉(たの)しさを、私と同じように大切に思ってくれていたのです。
効率や速さだけでは測れない、確かな手応えのある繋がりが、そこにありました。
110円の切手に込める、ひと手間の意味
最近、封書の切手代が110円になりました。
少し高くなったその小さな紙片を貼り、私はあえて時間と手間をかけて言葉を綴ります。
文房具店で季節の移ろいを感じさせる便箋を選び、相手の顔を思い浮かべながらペンを走らせる。
そして、近所のポストまで歩いて投函する。
そのひとつひとつの工程で、時間は驚くほどゆっくりと流れていきます。
スマホの画面をタップするだけでは決して味わえない、重みのある時間の積み重ね。
今はその「ひと手間」に、そっと自分なりの意味を重ねています。
「会えたかもしれない」という愛おしい時間差
手紙のやり取りで、私が一番好きだと言えるのは「届くまでの時間」そのものです。
たとえば、届いた手紙に「先日、水族館へ行ってきた」と書かれている。
それを読んで、「あ、わが家も同じ時期に行っていたな」と、後から気づくことがあります。
もしこれがSNSだったら、その場で「今どこ?」「会おうよ」と連絡を取り合っていたかもしれません。
けれど手紙だからこそ、「あの時、同じ場所にいたのかもしれないね」と、過ぎ去った時間に想いを馳(は)せることができる。
少し遅れて、相手と同じことを考えていたのだと知る。
その心地よい時間差こそが、今の私にはとても愛おしく感じられるのです。
現像を待つように、返事を待つ
これは、カメラと同じかもしれません。
その場で結果がわかるデジタルカメラと、現像して手元に届くまで正解がわからないフィルムカメラ。
どちらにも良さはありますが、年齢を重ねたからこそ、この「待つことの豊かさ」が深く染み渡るようになりました。
この春は、桜色の便箋に想いをのせて送りました。
便箋を買いに行く道中、宛名を書く静寂、そしてポストの投函口に落とす時の小さな音。
効率ばかりを重視する日々を手放したとき、自分の歩幅で進むことの心地よさを知りました。
手紙というひと手間。
それは、今の自分をそっと確かめるための、雑音のない「栞」なのです。
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#わたしの癒しマガジン
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最後まで読んで頂きありがとうございます💐頂いたチップは、祖母へのお花のプレゼントに変えて、そっと想いを届けたいと思います🌼温かなお気持ち、本当にありがとうございます。