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小泉和子/増補版『昭和の家事/母たちのくらし』 

河出書房新社
2023年10月30日

昭和が終わって36年経ちました。
それほど遠い昔ではないのに、うっすらセピア色がかっています。
昭和34(1959)年、上皇上皇后両陛下(明仁さまと美智子さま)の婚礼をきっかけに、白黒テレビが普及しはじめました。

昭和39(1964)年には新幹線(東京ー新大阪間)が開通! 東京オリンピックが開催されます。

いわゆる“三種の神器”、白黒テレビ/洗濯機/電気冷蔵庫が、我が家にもやってきました。
♪家事は続くよどこまでもの時代が、本当に長かったのです。

家電メーカーの男性たちは、女性の家事労働を軽くしたいと思ったか思わなかったかはともかく、家電の開発・製造に励みました。
♪明るいナショナル 明るいナショナル~
世の中、光の強さが際立っている時代でした。

☆ー☆ー☆
著者は、2009年に『昭和の家事』という記録映画を完成されました。主人公は著者のお母様のスズさんです。スズさんは明治43(1910)年に5人兄弟の長女として、横浜の農家にお生まれになりました。
撮影時スズさんは80歳で、1990年から丸2年間かけての撮影でした。その後、スズさんは骨折して寝たきりとなり、やがてお亡くなりになります。
撮影時から20年の月日が流れ、撮影済みの分だけでもということで、2009年に映画が完成します。

本書の第1章は「家事の記録」です。衣食住に関わる手仕事が写真とあわせて、ふんだんに掲載されています。スズさん、働き者ですね。
第2章「家事について考える」の<1.家事からの解放を願って>では、戦後から現在にいたる女性の意識の変化と、時代の流れが解説されています。「はじめに」は、こんなふうに書かれています。

‥‥この映画は記録することが目的だったのですが、完成したものを見ると記録を超えて私たちに語りかけてくるものがあることに気づきました。家事がもつ豊かな世界といったらいいでしょうか。奥深い叡智といってもいいかもしれません。私たちは便利なこと、楽なことと引き替えに、そうした大事なものを捨ててきてしまったのではないか。そのことに気づいたのです。そこであらためて母たちの時代の家事を通して、今私たちにとって何が重要なのか、何をしなくてはいけないのか深く考えてみたいと思って本の形で紹介することにしました。   

本書5ページ

撮影場所は、著者が暮らした家です。
東京都の技師をしておられた著者のお父様が、1951年に住宅金融公庫の融資を受けて大田区に建てた家で、規模と工事費に制限があったため広さは上限内の二階建て18坪(約60平方㍍)。家族6人と下宿人2人が暮らしていたそうです。この家は、1999年に「昭和のくらし博物館」として公開されました。館長は著者です。

私の母は大正4(1915)年生まれなので、スズさんとほぼ同世代です。
戦後生まれの末っ子の私は、部分的ながら、本書の衣食住に関わる家事は、そっくり経験していました。だいたいは小学生ごろの記憶です。
  
タライと洗濯板を使って洗濯をしたし、ハタキと箒と雑巾で部屋の掃除をしました。かまどでのご飯炊きや、七輪で魚を焼いたりもしました。

布団づくりを手伝ったこともあります。   
母は、裏返して広げた掛け布団の側(がわ)に、打ち直しされてきた綿を平均した厚さになるように広げ、綿が動かないように四隅を縫い留めます。
     
私の出番です。母と二人で四隅から布団をグルグルと巻き、そのグルグルがゆるまないように押さえながら母はグイッと布をひっくり返します。小柄な母が布団と格闘しているようで、ちょっと笑った記憶も。
きものの洗い張り(板張り)や、伸子張り(しんしばり)も手伝いました。

母は、針仕事はわりと得意でしたが、料理は苦手だったかも。
私が中学生のとき、家庭科の課題の浴衣を学校で縫い、帰ってから母に見せると、「上手やなぁ」と言いながら、見せるたびにあっちこっちほどいて縫い直します。ほぼ全部、母が縫いましたね。

氷冷蔵庫(こおりれいぞうこ)は、夏の暑い間だけ使っていました。
夏休みの朝、近くの神社にラジオ体操に行くころ、氷屋のおじさんが軽トラックで氷を配達にきます。おじさんは車を下りて荷台のほうにまわり、氷にかけてある麻布だか毛布みたいなものをパッと外し、一貫目分の氷をガリガリ切ります。氷のしぶきが気持ちよかった。手鉤(てかぎ)でガッと氷を引っかけ、脇の入口から台所に入って、冷蔵庫の上段に氷を入れます。ほんの1~2分の早業です。 
 
冷蔵庫の下の受け皿(バットのようなもの)にたまった水は昼間にも何度か捨てます。ホースをつないで土間に流れるようにすれば楽だったのにと今は思うけれど、ゆらゆらする水をこぼさないようにバランスをとりながら兄と交代で流しに捨てていました。
   
この話は子どもたち(昭和50年代生まれ)にウケました。まず氷冷蔵庫、そして人の家の冷蔵庫を開けて氷を入れるなんてと、爆笑していました。 
     
電話の呼び出しの話になると、「はぁ? ありえな~い」。  
夕方、電話に出た母から、「Sさんに電話がかかってるから、呼んできて」と言われるなり、私は駆け出して呼びに行きます。話が終わるとSさんは母とちょっと話をして、「Tちゃん(私のこと)、おおきにな(ありがとう)」と帰っていきます。当時、呼びに行くお家は2~3軒で、ちょっとの間だったように思います。

いま思うと、手伝いとはいえ、ほとんどは遊びです。豊かな遊び?
母親のわきで、火や水や食材や道具の扱い方や頃合いなど“家の中の事がら”を見よう見まねでやっていた。たまに自分なりの工夫もして、子どもなりに五感をフルに活用していたのでしょう。
著者が書かれている「家事のもつ教育力/家事が育てる生活術/人の役に立つ喜び」‥‥、商店の子どもたちは、一人前に扱われていたのか、しっかりしたお姉さんっぽい同級生もいましたね。

☆ー☆ー☆
昔のお母さんがみんなスーパー主婦だったわけではない。得手不得手もあって、やりたくない家事もあったでしょう。

そして、ウン十年が過ぎ、家事に費やす時間や体力などのボリュームは、びっくりするほど小さくなりました。
“簡単・便利・速い・軽い・きれい・おいしい”等々に加え、時短・省エネをアピールするなど、家電たちは日々進化しています。
いま、家電開発の中心にいるのは、間違いなく女性、でしょうね。
 
今どきの暮らし方をイメージしました。
ふかふかに乾かしてくれる全自動洗濯機と、ちょっと愛嬌のあるお掃除ロボットが快調に働いています。かしこい調理鍋に食材と調味料を入れてボタンを押せば、一流シェフの味に負けない煮込み料理ができあがります。
時々プロのハウスクリーニングにお風呂やキッチンの掃除、窓ガラス拭きを頼みます。かさばる消耗品などはチャチャッとネットで注文します。

洗濯ものをたたむ、掃除機のゴミを捨てる、鍋を洗う、洗剤を補充するなど5分、10分ですむような小さな手間が家の中にはたくさんある。“名前のつかない家事”という言い方を聞いたことがあるけれど、まさにそうですね。

まず、家事と家父長制を切り離すことです。歴史的に家事は圧倒的に女性が担ってきました。このため男尊女卑と分かちがたく結びついてしまっているため、不合理なこと、不当なことが多いのは事実です。それを分析し、分離するのはなかなか困難なことですが、そこはよく見わけなければならないでしょう。  

本書117ページ

“男は仕事、女は家事・育児・介護(?)”の時代は終わりましたよと言っても、男女ともに、その意識のしっぽは、なかなかなくなりません。
男だの、女だの、家事がどうだのと限定せずに“家事・雑事を含む暮らし方”と考えたほうが時代感覚に合っているのかなと思います。

複数の人間(=家族)が暮らす家で、誰か一人がバタバタと忙しいのはおかしいね、居間は心地よくしておきたいね、台所や水回りなどは使い勝手よくしておきたいねということなどを、みんなが「うん、うん」と納得することを前提に、ではどうするかを考える。

ブレインストーミング方式で“家事っぽいこと”をそれぞれが思いつくまま付箋に書き出します。家事の“見える化”ですね。ニャンコさんやワンコさんがいれば、食べ物など、いろんな世話なども書き出すので、家中見渡すと相当な数になります。50コ、60コはすぐに思いつきそうで、なんだかおもしろそうです。
この作業のとき、いちおう、全体を見渡せる、(たぶん)女性がいれば、まとまりやすいでしょう。
パパッと手際よく動く女性は、話し合っているより一人でやったほうが楽と言いそうだけれど、ここはガマンです。一人ひとりが家事っぽいことで自立すると、先々、間違いなく自由で、幸せになれますから。

家事といっても、なんでもかんでも毎日やるわけではありません。付箋を分類・整理して各人(小学生も、じいさまばあさまも)が自分の担当を決めていきますが、ギチギチしすぎないことです。月に一回ぐらいミーティングをして係を変えたり、やり方を変えたりなどして修正をする。
3か月後、半年後、1年後‥‥、それぞれ段取りや手際がよくなっていて、家の中がなんだかすっきりしている、となれば、成功です。
コミュニケーションと想像力と感受性のなせるわざですね。

身辺自立ができていれば、どんな環境にあってもだいたいは対処できる。いずれ家を出ていく子どもたちの自立トレーニングにもなります。
「食べること=食文化」が暮らしの真ん中にあってほしいというのは、私の願望ですが、まぁ、いろいろですね。

家の中の暮らし方やモノが見えてくると、関心は外にも拡がります。モノの価格、機能、安全性、生産国‥‥、資源、エネルギー、環境、処分方法‥‥、情報、政治、平和、戦争等々、外の世界の光と影をよりリアルに感じ取れる、そんなふうに思います。

本書のはじめにあった“家事の奥深い叡智”という言葉が気になり思いをめぐらせてきたものの、“人間の叡智とは”もかぶさって頭がグルグルしています。

参考資料 
◇わがまちお宝館/「昭和のくらし博物館」
       朝日新聞第2神奈川版 2021年3月5日
◇いま聞く/インタビュー 「くらしの歩み 学んだ哲学は」
      生活史研究者・昭和のくらし博物館館長 小泉和子さん
       朝日新聞 2023年2月24日

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