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「どんな幼児教育を残したいか」――時間の先に、責任を持つ政治を

現場に足を運び、多くの方と対話を重ねる中で、私の中に大きな気づきが生まれています。

皆様からお話を伺う中で強く感じたのは、語られているのは単に「公立幼稚園を残してほしい」「公立幼稚園はいらない」ということだけではない、ということです。

そこにあったのは、「流山市に、どのような幼児教育を残していきたいのか」という、未来への切実な願いでした。

一人ひとりの子どもの育ちを丁寧に見守ること。

保護者の孤立に寄り添うこと。

療育や小学校へと、子どもの成長を切れ目なくつないでいくこと。

先生方が学び続け、より良い実践を積み重ねていける環境をつくること。

それぞれの立場によって見えている景色は異なります。しかし、その根底にある「流山市の幼児教育をより良くしたい」という願いは共通しているのだと、私は強く感じました。

震災遺構で考えた、政治の責任

こうした対話を重ねる中で、私の脳裏には、一昨年に視察した岩手県・宮城県の震災遺構での経験が何度も浮かびました。

東日本大震災から年月が経った今も、あの場所では「あの日の判断」が、現在の暮らしや地域の姿として残り続けています。

何を残し、何を手放すのか。

誰の声を聴き、どのような議論を経て決断したのか。

その時点では最善と思われた判断が、後になって課題として見えてくることもあります。一方で、時間をかけて議論を重ねたことが、地域を支える土台となっている例もありました。

政治の判断とは、その場で終わるものではありません。十年後、二十年後の暮らしの中で、静かに評価され続けるものなのだと、改めて実感しました。

だからこそ政治の役割は、目の前の結論を急ぐことではなく、時間の経過にも耐えられる判断を積み重ねていくことだと私は考えています。

「存廃」ではなく、「機能」を未来へつなぐ

現場の声を聴き、震災遺構での経験を重ね合わせる中で、私自身の問いも大きく変わりました。

当初は、「附属幼稚園を残すべきか、廃園すべきか」という施設の存廃を中心に考えていました。

しかし今は、それだけでは十分ではないと感じています。

私が本当に考えたいのは、「流山市の幼児教育を、これからどう発展させていくのか」ということです。

附属幼稚園がこれまで果たしてきた役割は何だったのか。

その役割は、これからも必要なのか。

必要だとすれば、どのような形で未来へ受け継いでいくことができるのか。

この問いに向き合うことこそが、本質なのではないでしょうか。

「存続ありき」「廃園ありき」「こども園化ありき」と、最初から結論を決めて材料を集める議論ではなく、まず「流山市の子どもたちにとって、本当に必要な幼児教育とは何か」という目的を共有すること。その上で、公立幼稚園という形がよいのか、別の方法があるのかを含め、フラットに議論していくことが大切だと考えています。

すぐに答えを出す政治ではなく、考え続ける政治を

これまでの一般質問でも、私は一貫して問い続けてきました。

・子どもや若者の意見を、どう聴き、どう政策に反映するのか。

・支援は属人的ではなく、制度としてつながっているのか。

・特定の誰かに依存した仕組みになっていないか。

・現場が学び、考え続けられる環境になっているか。

・そして、今の判断が、時間の先にどのような形で残っていくのか。

行政の仕事は複雑で、簡単な正解はありません。

だからこそ、立ち止まり、考え続ける時間を持つことが、より良い市政につながると私は信じています。

9月議会までの約3か月、附属幼稚園の保護者の皆様だけでなく、私立幼稚園や保育園の先生方、療育に携わる皆様、教育委員会、こども未来部、健康福祉部、幼児教育を研究されている先生方、そして全国のさまざまな事例からも学びを深めていきたいと思います。

議会の役割は、多数決で結論を出すことだけではありません。

異なる立場の声に耳を傾け、事実を積み重ね、対話を重ねながら、より良い答えを探し続けることもまた、大切な役割です。

その積み重ねの先にある私自身の判断を、9月議会では責任を持って示したいと思います。

十年後、二十年後の子どもたちに、「あの時、立ち止まって考えてよかった」と思ってもらえるような判断を目指して。

この3か月、一つひとつの声に真摯に向き合いながら、私自身も学び、考え続けていきます。

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