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ワーターファの威力

土曜日の午前中、私はセントロの靴屋さんの前にいた。

大学院の勉強で迷惑をかけたお詫びにと、夫がフェルトのスリッパをプレゼントしてくれた。ところが、履いてみると少し小さいように思い、ワンサイズ大きいものにかえてもらおうと思ったのだ。その小さなお店は、エスパドリーユなども作っているところで、今から夏に向けての一足を予約したい人たちでその日もにぎわっていた。

スリッパは、リサイクルされたプラスチックで作られており、スペイン製、高くない、と夫が物を買う時の条件をほぼ満たしていた。そして、何より色がとてもきれいだった。夫は買い物嫌いで、プレゼント=実用的な物に限るというルールにのっとって生きている人であるから、誰かに何かをプレゼントするときも、かわいいとかお洒落というワードはあまり重要視しない。しかし、今回のスリッパは、デザインがとてもかわいかった。しかも、私の好きな青みがかったピンクを選んでいるではないか。人は変わるのかもしれない。

いや、今日書きたかったのはそんなことではなくて、お店の前で待っていたときに出会った少女たちのことだった。

この町にいると、夫はともかくとして、私はぱっと見で外国人だとわかる。今となってはもう慣れっこだが、あからさまに振り返って三度見ぐらいする人、上から下までなめまわすように見る人、「わー!外人!」と言ってくる子どももいる。一度など、あまりにも見てくる人がいたので、「どうしましたか」と聞いてしまったことがある。

その日、お店の外で順番を待っていた私たちの前には、2人の女の子たちがいた。お店の中にいるお母さんとお父さんを待っているらしい。1人は5歳ぐらい、もう1人は9歳ぐらいだろうか。姉妹のようである。2人とも土曜日だからか、上品なグレーのコートに同色のひらひらとしたスカート、白いタイツに黒いエナメルの靴ととてもお洒落だ。髪の毛に結んだリボンが風に踊り、さながらロイヤルファミリーの外出時のような出で立ちである。

ああ週末だなあと思っていたら、彼女たちがこちらを見ながらなにやらこそこそ話を始めた。夫はお店の商品を見るのに夢中で気がついていない。そのうち、夫が言ったことに対して、私が「OK」とかなんとか言ったのだろう。それを聞いた5歳女子が即座にお姉さんに耳打ちする。

「わかったわよ! あの人が今言ったこと! OKはスペイン語でvaleよ!!あの人、今valeって言ったのよ!!」

こっちまで丸聞こえだから、もはや耳打ちでもなんでもないのだが、その様子がかわいかったので私もうなずき微笑む。それを見て、体をくねくねさせて照れる5歳女子。

そこまでは、青空の下での地元の子どもと外国人の触れ合いの一コマということで、客観的に見ても実にさわやかな空気が漂っていた。

それがどういうわけか、そこから5歳女子のテンションが上がってしまい、さわやかは明後日の方へ飛んで行ってしまった。


彼女がお姉さんに聞く。

「ねえ、英語のWhatってどうやって使うか知ってる?」

「知らない」

「知らないの? 私知ってるわよ。ほら、ワ ーターファで使えるでしょ? ワーターファ!!!」

目の前にいた夫と私はびっくりして顔を見合わせた。


今さっきまでロイヤルファミリーの外出のようだと私が思っていた、髪にリボンを結びお上品に着飾った5歳女子が、英語のWhat the Fで始まるswear wordを連呼している。

「ワーターファ、ワーターファ!!」

数秒後、5歳女子にお姉さんが続いた。


突然のことに驚きを隠し切れないでいた私たちだったが、ちょうどそのときお母さんたちがお店から出てきた。そして、女の子たちは何事もなかったかのように軽やかな足どりで土曜日朝のセントロの人混みの中に消えていった。ひらひらのスカートと髪に結んだリボンを風になびかせながら。

数年前から耳にするようになったワーターファは、テレビでやっているアメリカの映画やドラマの影響のようだ。今日のように、地元の子どもが突然何の脈絡もないところでワーターファと叫んで、ふふふとちょっと得意そうに笑うのを何度か見たことがある。一度など知り合いの小学校の校長先生にいきなり言われたときには面食らった。ひょっとすると、ここではワーターファを知っていると、かっこいいのかもしれない。

ただ、不思議なことに地元の人が言うそれは、スペイン語読みなので、ほとんどカタカナのワーターファと聞こえる。そのせいか、英語話者が言うときほどの衝撃?はない。夫もこれに同意するようで、カタカナだと思えば違う言葉にも聞こえますと言っていた。

それでも、ロイヤルファミリーさながらに着飾った女子の口から漏れ出たその言葉は、私たちを驚かせるにじゅうぶんだった。


そんな土曜日の昼下がり、久しぶりに乾杯をしようと夫が冷蔵庫からビールを出してきた。私が飲めないので、自分用に大きなグラス、私用にモロッコで買った小さいグラスを持ってきた。

そして、大きいグラスを指差しながら言った。

「これは親分の」


私は彼の日本語学習に口を出したことはないが、いつもドラマやら料理の本から表現を拾い集めているのはとても素晴らしいことだなと思っている。

大きいグラス=親が飲むようなグラスだから、親の分
それが短くなって、親分になったようだ。

アーモンドの花

外ではアーモンドの花が咲き始めた。

商店街が恋しいと夫が言う。私も日本のいろんなものや人が恋しい。もしかすると、将来は日本に住むという選択肢もあるのかもしれないと考えているこの頃でもある。

皆さまもよい1週間を。

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