小波に乗り続ける人
〜本当の自由は、見せるためじゃなく、続けるためにある〜
かつては、茨城の海へよく通っていた。
けれど、いつしかその海には足を運ばなくなり、
今は千葉の海へ向かうようになった。
そこにも、“いつもいる人”がいる。
キャンピングカーではない。
小さなエブリイの車。
埼玉ナンバーで、きっと地元の人だと思う。
そしてその車から、ひとりの高齢の男性がいつも現れる。
おそらく70代。
だけどその人は、誰よりもアクティブだ。
小波にしか乗っていない
だけど、誰よりも長く海に入りっぱなし
休憩もせず、黙々とサーフィンをしている
その姿を見て、相方は素直に感心していた。
「すごいなぁ…あんなふうに歳をとれたらいいな」
相方は、年を取って腰が曲がって動けなくなるのが怖いと言っている。
だからこそ、サーフィンを続けて、体力が落ちないようにしているのだそうだ。
あの頃、茨城の海でキャンピングカーを見ていたときは、
まだどこか「手に入れることで自由になれる」と思っていた。
けれど、今目の前にいるこのおじいさんは違う。
何かを所有しているようには見えない。
ただ、“続けている”だけ。
目立たず、騒がず、習慣のように、呼吸のように、
淡々と海に身を任せている。
私は、相方がこう言ったのを聞いて、静かに嬉しくなった。
「あの人、地元の人っぽいな。
今度、話しかけてみようかな」
それは、かつての“疑い”や“羨望”ではない。
今の自分に必要な何かを、素直に学ぼうとしている心の姿勢だった。
きっと相方は気づいているのだと思う。
本当の自由とは──
見せるためでも、手に入れるためでもなく、
続けるためにあるのだと。
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