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降ってくるお金と、戻っていく現実



あの人(深爪)は、よくこう言っていました。


「ピンチになると、なぜかお金が入ってくるんだよな」


競艇で350万円当たった時も、そうでした。


そのお金はどうなったのかと聞くと、職人さんたちの給料として消えたと言います。


以前、競馬で25万円勝った時も、同じでした。


気が大きくなり、社員や得意先を連れて遊びに行き、気づけばなくなっていた。


仕事が薄くなった時期には、パチンコで稼いで社員の給料を払ったとも言っていました。


話だけを聞けば、どこか“救われている人”のようにも見えます。


けれど私は、だんだん違うものを感じるようになりました。


それは、「お金の入り方」ではなく、

「お金の使い方」でした。


深爪はよく、社員のことを一番に考えていると言っていました。


自分は無給でも、社員には払わないといけないと。


聞こえはとても良い言葉です。


けれど実際には、会社の経費で私物を購入したり、遊びに使っていたりもしていました。


言っていることと、やっていることが、どこかでずれている。


そのズレに、私は違和感を覚えていました。


そして気づきました。


あの人に起きているのは、奇跡でも救済でもなく、

ただ同じ流れの繰り返しなのだと。


お金が入る。

気が大きくなる。

使う。

そしてまた、なくなる。


その流れが、何度も繰り返されていました。


ピンチの前にお金が降ってきているのではなく、

ピンチに戻る構造の中で、一時的にお金が入っているだけ。


そう見えるようになりました。


あぶく銭という言葉があります。


けれどそれは、入り方の問題ではないのだと思います。


そのお金をどう扱うか。


そこに、その人の価値観がそのまま出る。


増えたときに何に使うのか。


そこに、その人の優先順位が表れる。


私は、お金そのものではなく、

その使い方に対して違和感を覚えていたのだと分かりました。


そしてもう一つ。


同じように見える出来事でも、見る側の位置が変わると、意味が変わるということ。


高校生の頃、私はあの人に対して怒りを感じたことがありませんでした。


けれど後年は、ずっとイライラしていました。


それは、あの人が変わったからではなく、

私の見ている場所が変わったからでした。


昔は、見なくても困らなかったことが、

今は見えてしまう。


そして、見過ごせなくなっている。


それだけのことだったのだと思います。


今なら分かります。


お金が来るかどうかではなく、

来たお金をどう扱うか。


そこに、その人の本質があるということを。


そして私は、その使い方に、納得がいかなかった。


ただそれだけのことでした。


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