冷蔵庫選びをしていたら、世帯主の巨大化理論に辿り着いた話
私は最近、車用の冷蔵庫を購入しました。
きっかけは、秋田です。
昨年、秋田へ行った時は13Lの軽量クーラーボックスを持参していました。
普段使いには非常に優秀で、レイクタウンへ行く時にもよく使っています。
軽くて小さく持ち運びがラク。
私はこういう「必要十分」が大好きなのです。
しかし、夏場になると保冷剤では限界があります。
しかも底が濡れます。
銀色シートを敷き、その上に保冷剤を置き、何とか頑張って使っていたのですが、やはり車載冷蔵庫が欲しくなりました。
そこで調べ始めたのです。
最初は20Lモデルを見ていました。
ペットボトルが立ち、容量も多い。
秋田旅行には良さそう。
しかし、タントの後部座席の足元を測ってみたところ、数センチではあるものの結構はみ出ます。
しかも重量は10kg。
ここで私は思い出しました。
以前、18Lのクーラーボックスを持っていたのです。
深爪と海へ行く時に使っていたものです。
これがもう、
重くて、大きくて、持ち運びが大変。
保冷力は素晴らしかったですし、底も濡れませんでした。
しかし結局、重くて使わなくなりました。
そして先日、その18Lをハードオフへ売ったのです。
その時点で、本来なら気づくべきでした。
私は「大きいもの」が好きなのではなく、
「ちゃんと使えるもの」が好きなのだと。
そこへ現れたのが、アイリスオーヤマの15L充電式冷蔵庫でした。
しかも、バッテリー内蔵。
コードレスです。
私はここでかなり興奮しました。
コードがない。
この一言が、私の心に深く刺さったのです。
我が家には、コードが大好きな人物がいます。
世帯主です。
世帯主の周囲は、常にコードであふれています。
スマホの充電だけで、なぜそんなにコードが必要なのか。
延長コード、分岐、USB、アダプター、
謎の充電器。
もはや文明の根っこのような状態です。
私はコードが苦手です。
配線は床から浮かせ、掃除しやすく、視界をスッキリさせたい。
一方、世帯主は、
家電は巨大化させるもの、
そして機能は足していくもの、
そんな思想で生きています。
昔、世帯主は4Kテレビが出始めた頃、40万円の巨大テレビを真っ先に購入しました。
当時としては最先端。
「4K」 「高画質」 「大画面」
そんな言葉が並び、 世帯主の心を大いに刺激したのでしょう。
ところが、音が小さかったのです。
すると世帯主は言いました。
「スピーカーを買おう」
こうしてテレビの横に巨大スピーカーが追加されました。
そして時代は流れ、今度は100インチテレビがやって来ます。
もはやテレビというより壁です。
しかしまたしても、音が聞こえづらいらしいのです。
結果。
テレビの前に巨大スピーカーがドーン。
私は思いました。
この人は、本体だけで終わらないのです。
世帯主の世界では、
すべてが“拡張”されます。
テレビを買えばスピーカー。
家電を買えばコード。
機能が足りなければさらに追加。
気づけば部屋は、配線と機械の森になります。
私は今回、危うくその世界へ足を踏み入れるところでした。
20L冷蔵庫。
ポータブル電源。
増えるコード。
増える配線。
しかし私は途中で立ち止まりました。
タントのサイズを測り、
普段の使い方を思い出し、
13Lで十分だった日常を振り返ったのです。
そして最後に辿り着きました。
「一体型でいいじゃないか」
これです。
必要十分。
私はこれが好きなのです。
しかも今回の冷蔵庫は、コードレス運用ができます。
私はもう、それだけでかなり満足しています。
家電は、何でも大きければいいわけではありません。
私はようやく、
自分が求めていたものが「最大性能」ではなく、
「軽やかに使えること」だったのだと気づきました。
世帯主が巨大テレビと巨大スピーカーに囲まれている横で、
私は15L冷蔵庫の静かなECOモードに感動しております。
人生とは、実に面白いものであります。
