テニス上達メモ547.言葉にできない気づき──「教わる」より「感じる」を信じて
「打点は前」──その一言が、誰かを苦しめていないだろうか。
同じ言葉でも、人によって見ている景色は違う。
オノマトペが伝えるのは、「説明」ではなく「感じる世界」。
言葉にだまされず、感覚を信じていい。
「つーいつい」と、感じるままに打ちましょう。
▶「言葉」って、ほんとうに伝わるの?
お昼のフジテレビバラエティ番組『ぽかぽか』に、「言葉だけで正確に伝えろ!ラジオDJ 伝言ゲーム」というコーナーがあります。
ある簡単な絵を見た出題者が、言葉だけで伝えて、回答者に同じ絵を描かせるクイズ。
出題者を務めるTravis Japanの松田元太さんが、「しずくがあって、その上に丸をぶっ刺さないで、丸の上に矢印の方向を描いて」などと伝えたのですが、回答者は、簡単な絵のはずなのに、なかなか同じにならないのですね。
言葉は、大事。
▶同じ言葉でも、人によって見ている景色は違う
何でも言葉で伝えられるわけではありませんよね。
アンミカさんの「白200色」みたいなものかもしれません(関連記事「アンミカの『白200色』理論で世界を味わう」)。
同じ白でも、見える色が違う。
ややもすれば、言葉によりかえって誤解を招く危険すらあります。
同じ「雨」でも生まれてこの方、人それぞれさまざまな環境や思いで感じてきたわけですから、受け取るイメージも変わって当然。
「鬱陶しい梅雨空」もあれば「恵みの雨」もある(関連記事「ミルクをこぼした失敗の先に『ゾーン』がある」)。
また「雨が嫌い」という人であっても、お気に入りの傘を新調したときなどには、「降ってほしい」と思ったりするものです。
同じ人でも、タイミングやシチュエーションなどによって、言葉から受け取るイメージはさまざまです。
意見も価値観も、時代により変わります。
だから、言葉は難しい。
▶「打点は前」──言葉のあやに潜む落とし穴
テニス指導で「打点は前」と言っても、どれくらい前なのかは、いろいろ違うでしょう。
トップスピンかスライスかの打つ球種や、イースタンかウエスタンかの握るグリップや、クロスかストレートかの狙うコースなどによっても、「前」に関する受け取り方は変わります。
前すぎることはないのか?
それによって、打点を前に取りすぎるせいで、打球タイミングが合わずに打ち損じるミスもあるのです。
▶「つーいつい」の奇跡──言葉にできない現実を描く
引き続き言葉について。
11月4日放送のNHK『にじうた』は、童謡を取り上げる内容でした。
お笑い芸人で芥川賞作家でもある又吉直樹さんの解釈が、主観的に面白いと感じたのでご紹介。
どこまで面白みを文章で再現できるか自信がありませんけれども、こんな感じ。
たとえば童謡『めだかの学校』では、オノマトペについて真面目に語られます。
めだかのがっこうはうれしそう
みずにながれて つーいつい
みずにながれて つーいつい
みんながそろって つーいつい
一般的な表現「すーいすい」とすると、一定の動きで泳ぐイメージだけど、実際のめだかはそうではないと又吉さんは見ます。
「止まっては進む」めだかの現実的な泳ぎを表現するなら、「つーいつい」なのだと言います。
「すーいすい」と「つーいつい」。
「す」と「つ」の違いだけですが、ニュアンスは全然異なりますよね。
イメージを如実に伝えられるのが「オノマトペ」のすごみ。
▶説明した瞬間、雨が止む──オノマトペの魔法
童謡『あめふり』。
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」
上記のオノマトペを、あえて「言葉」で説明してみましょうか。
「雨が水たまりに2滴落ちて、その中を2歩歩いて、思わずテンションが上がったので口ずさんだ」と言っても、うーん、まったく伝わりませんよね。
「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」で、情景から子どもの嬉しそうな様子、年齢まで、ありありとイメージできるのが「オノマトペ」のすごみです。
▶北口榛花選手が示す「言葉を越えた指導」
さらに引き続き言葉について。
神奈川県川崎市でやり投げ教室を開いた北口榛花選手は、「言語化するのは難しいと思った。(中略)投げて見せられればもっと簡単だったかな」と感想を述べたといいます。
そのうえで「1人1人投げ方が違う。どう型にはめずに基礎的なことを伝えるか」とおっしゃったのは、まさに、そのとおりでしょう。
テニスも、1人1人打ち方が違います。
同じ人でも、球種やグリップやコースによっても打ち方は変わります。
なのに「打点は前」などと言って打ち方を規定し、型にはめてしまう怖さが、言語化にはあるのです。
▶「言葉を使わない」テニス上達法──セルフトークの罠
『究極』は、「言葉を使わないテニス上達法」なのですが、それを言葉で伝えたいい加減なテキストです。
思考は連想ゲームだから、言葉にすると「セルフトーク」が止まらなくなるから厄介。
「打点は前?」
「前ってどれくらい?」
「前足を踏み込んだあたり?」
「どの方向に踏み込むの?」
「オープンスタンスの場合は?」
そうやって考える(セルフトークする)と、ボールがスッスと消えるのでした(関連記事「ボールを『見ている』と、思い込んでいるだけ」)。
「言葉に気をつけなさい」といったのは、マザー・テレサ(関連記事「マザー・テレサは『無敵』」)。
よかれと思った言語化が、かえって災いの元にもなりかねません(関連記事「失敗する『原因』」)。
▶言葉にだまされず、感覚を信じる
感覚を信じる。
私たちは言葉にだまされます。
だけど感覚にはだまされません。
「ご飯は朝昼晩の1日3回食べるものだ」という言葉にとらわれると、お腹が空いた「感覚」が分からなくなるのです。
それを如実に伝えるオノマトペ。
お腹が「グーッ」と鳴ったら食べるのが、間違いありません
北口選手は「言語化するのは難しい」と困りましたが、伝える側がそうであれば、受け取る側はもっと難しくて当然です。
感覚で生きると、生きるのは楽。
少なくとも、テニスはもっと簡単。
打点は「エイッ!」と感じた瞬間です。
▶おまけ・『ぞうさん』が教えてくれる、個性のうた
童謡『ぞうさん』。
ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね
そうよ かあさんも ながいのよ
又吉さんによると、1フレーズ 目は、鼻の長さを揶揄されたニュアンスで、それを受けた2フレーズ 目が、イジられた鼻の長さを「どうだ」と切り返すカウンター、なのだそうです。
鼻の長さが、良いか悪いかの二元論ではなくて、「あらゆる個性を認める強さ」を唄っていると、解釈してみせたのでした。
童謡『ぞうさん』に、そんなダイバシティマネジメントがあったとは!
ええ、こうして「言葉」で伝えると、面白みは伝わりにくいかもしれません。
確かに又吉さんも言葉を使って説明してはいるのだけれど、その面白みの言外には、表情やイントネーション、間(ま)があってのこと(関連記事「人は見た目が9割『メラビアンの法則』」)。
言葉は難しい、だけど(だから)言葉は面白い!
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
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テニスゼロ代表
吉田無型(よしだ・むけい)
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero