サロン楽屋話023:大谷翔平は怒らない──怪我やデッドボールさえ進化の糧にする「見方」の話
▶「見方」が大事
昨日の『サロン楽屋話』、「『クロ現』が伝えた光と影。大谷翔平が魅せる『怒らないこと』の能力&魅力とは?」の続編です。
意識したらぎこちなくなるとお伝えしたフォーム解析が「影」、怒らない人間性が「光」などと、言いたいわけではありません。
「影=悪」「光=善」などと決めつけるのも、主観にすぎません。
人や状況によっては、干ばつの光は「悪」であり、涼しい木陰は「善」という見方もできるでしょう。
「見方」が大事。
番組では取り上げ方として、最新科学が解析した大谷翔平のフォーム進化が「光」で、報復死球を受けても怒らない人間性は、どちらかというとおまけ的なエピソードの「影」として扱われていたように思います。
▶極悪人を定義する
「怒り」とは、仏道の文脈に即して言うと斥力です。
「近づけたくない」「遠ざけたい」「二度と繰り返したくない」反発心のすべてが、「怒り」です。
そして怒りによって能力&魅力が損なわれるとお伝えしました(関連記事「“怒らない”で、テニス人気者になる!──『業論』の教え」)。
テニスでミスを嫌うのは、もちろん怒りですし、働くのが億劫であれば、怒っているのです。
映画がつまらないと思ったら怒り、やることがなくて退屈だと感じるのも怒りです。
我慢したりするのも、あるいは言いにくいですが、病人が病状を嫌がったらそれは怒りです。
怪我人が怪我を嫌がったら怒り。
それは極悪人なのです(関連記事「『悪=下手くそ』の相関」)。
「病気にならなければよかったのに!」
「どうして怪我なんてしてしまったんだろう……」
そんなふうに嫌がった(怒った)からといって、病気や怪我が治るわけでもありません。
むしろそうやって嫌がる(怒る)のは心身にダメージが及ぶ「ストレス」ですから、悪化を招く下手くそです。
暑いからといってイライラすると、さらに暑苦しくなるのは当然です。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
