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【語れるテニス雑学】「テニスって金持ちのスポーツでしょ?」を、ちょっと疑ってみた


係長です。
テニスをやらない人と話すと、わりとよく言われます。「テニスって、お金持ちのスポーツでしょ?」と。

正直、気持ちはわかります。私の世代だと、テニスにはどこか「軽井沢」の匂いがある。白いウェアで、避暑地で、優雅にラリー。そんな絵が、なんとなく浮かぶんです。


そのイメージ、ちゃんと出どころがあった

調べていたら、こんな話に出逢いました。

上皇ご夫妻が初めて出会われたのは、1957年、旧軽井沢のテニスコートだったそうです。いわゆる「テニスコートの恋」(朝日新聞ほか各紙)。あの出来事が、戦後の日本に「テニス=憧れの、上品な世界の遊び」というイメージを焼き付けた。なるほど、と思いました。

人気も、本当にすごかったようです。バブル期(1980年代後半〜90年代初頭)のテニス人口は、推計で1,200万〜1,500万人規模に達していたという見方があります(APFアカデミーほか)。今の感覚だと、ちょっと信じがたい熱量です。

これ、サウナブームに似てるなと思いました。「ととのう」が流行語になって、急に街じゅうがサウナの話をしだした、あの感じ。テニスにも「みんなが一斉にハマった時代」があったわけです。


「1,500万人」と「今300万人」のカラクリ

ここで、ひとつ気づいたことがあります。

今のテニス人口は、調査によると300万人ほどと言われています(笹川スポーツ財団)。ブーム期の1,500万人と比べると、ずいぶん減った印象です。

ただ、この数字。どちらも「年に1回以上やった人」という、かなり緩い基準なんです。年に一度、誰かに誘われて打っただけの人も、しっかり1人にカウントされる。つまり「お正月に1回だけ初詣に行く人」まで含めた、いちばん広い数え方なわけです。

もっと本気の層、たとえば「月に1回以上は定期的に打っている習慣層」となると、これはぐっと少なくなります。調査でも、月2回以上・週1回以上の「定期的」な層は、年1回の数字よりかなり小さく、横ばいで推移している、とされています(JTAテニス環境等実態調査)。

要するに、ブームの1,500万人も今の300万人も「広く浅く数えた数字」。その中で、雨でもコートを取り、仲間を集めて、毎月ちゃんと打っている人は、実はかなり貴重な少数派なんです。


「仲間が要るスポーツ」の中では、むしろ健闘している

ここで、フェアに比べてみたいと思いました。テニスは一人ではできません。だから比べるなら、同じく「相手や仲間が要るスポーツ」同士であるべきだろう、と。

そこで仲間系スポーツの年1回以上の推計人口を並べてみたら、こんな顔ぶれでした(いずれも笹川スポーツ財団・近年の調査)。

| 競技名 | 推計人口(年1回以上) |
| :--- | :--- |
| テニス | 約300万人 |
| サッカー | 約297万人 |
| 野球 | 約297万人 |
| バレーボール | 約266万人 |
| バスケットボール | 約236万人 |

意外でした。**「金持ちの遊び」と言われがちなテニスが、サッカーや野球といった、いかにも国民的なスポーツと肩を並べている。**むしろ仲間系のなかでは、トップグループに踏みとどまっているんです。

考えてみれば、これはなかなかの健闘です。サッカーや野球は学校の部活で大量に経験者が生まれる競技。それに対してテニスは、大人になってから始める人も多く、しかもコートと仲間という高いハードルがある。それでもこの人数が残っているということは、「一度ハマると、なかなか抜け出せない何か」がある証拠なのかもしれません。


で、それでも続けている人たちって、何者なのか

ここが本題です。お金もかかる、仲間もいる、コートも取れない。その三重苦を越えて、なお毎月ジャンキーに楽しんでいる人たち。彼らは何者なのか。

コートで見てきた実感で言うと、彼らは別に「お金持ち」でも「家柄が良い人」でもありません。ごく普通の、働く大人たちです。

ただ、ひとつ思うことがあって。月に一度でもコートに立ち続けられている、という事実そのものが、実はけっけお恵まれた状態なのかもしれない、と。

テニスを続けるには、地味に三つのものが要ります。

  • 道具やコート代を「まあ、これくらいなら」と出せる、ちょっとした懐の余裕。

  • 週末の半日を自分のために空けられる、時間のゆとり。

  • そして、声をかければ集まってくれる仲間がいる、というつながり。

お金、時間、人。並べてみると、どれも大人にはそう簡単に揃わないものばかりです。

そう考えると、テニスって「金持ちのスポーツ」ではないけれど、とても"贅沢な"スポーツなのかもしれません。大金が要るわけじゃない。でも、お金と、時間と、仲間という、大人がいちばん「ない、ない」と言いがちなものを、惜しみなく使って遊んでいる。これ、冷静に考えたら、すごく贅沢なことです。

コートで楽しそうに打ち合っているあの人たちは、優雅な金持ちというより、「自分の持ち時間と縁を、惜しみなくテニスに注いでいる、ちょっと贅沢な人たち」なんだと思います。本人は、ただ好きで打っているだけのつもりで。


……と、ここまで偉そうに分析しておいてなんですが。

これ、完全に自分のことでもあるな、と書きながら気づきました。コートが取れないだの仲間が集まらないだの、毎週ブツブツ文句を言っている私ですが。お金と時間と仲間を使ってボールを追いかけられている時点で、相当に贅沢な週末を過ごしているわけです。憧れの軽井沢からは遠いつもりで、案外そんなに遠くないのかもしれません。

みなさんはどうですか。「金持ちじゃないけど、贅沢」。
そんなテニスとの付き合い方、悪くないと思いませんか?

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