人生最長7キロの私がハパルア・ハーフマラソン21.0975キロを走り切るまで【ハワイ旅レポ2026第2回】
おはようございます。
天豆(てんまめ)です。
ハワイ旅レポ第2回。
人生で最長7キロしか走ったことのない私が、
ハパルア・ハーフマラソン21.0975キロを走る。
こうして文字にすると、やっぱり少し無謀です。
でも今回の記事は、ただの完走レポではありません。
人生最長7キロだった私が、人生最長21.0975キロへ向かうまでの、前夜からゴールまでの記録です。
本番の朝だけではなく、その前の不安や出会いも含めて、ようやくたどり着いた一日でした。
もしまだ未読の方は、この挑戦を決めたときの前日談と、ホノルル到着から前日までを綴った第1回も、ぜひあわせて読んでみてください。
この第2回は、その流れの先にある物語として読むと、より深く味わっていただけると思います。
挑戦の始まりになった前日談はこちら。
ハワイ到着から前日までを綴った「ハワイ旅レポ第1回」はこちら。
そして今回、どうしても丁寧に残しておきたいのは、
レース前日の夕方から、スタートラインに立つまでの時間です。
実は、この時間がすごく大きかったんです。
ただ準備をして寝た、というだけではありませんでした。
ハワイ出雲大社で完走祈願をして、思いがけず会いたかった方にも会えて。
体調への不安も少し抱えながら、それでもゼッケンをウェアにつけて、少しずつ覚悟を整えていった夜。
そして翌朝、まだ暗いワイキキを歩いて、人生最長の距離へ向かっていった時間。
そのひとつひとつが重なったからこそ、私はあのフィニッシュにたどり着けたのだと思います。
では、レース前日の夕方から。
人生最長を更新した一日を振り返っていきます。
HAWAII IZUMO TAISHA レース前日、まずは神様に会いに行った
本番前日の夕方、私はUberでハワイ出雲大社へ向かいました。
今回の大きな目的は、もちろん翌日のハパルア・ハーフマラソンの完走祈願です。
人生最長7キロしか走ったことのない私が、その3倍以上ある21.0975キロに挑戦する。
そう考えると、やっぱりどこかで「お願いします」と手を合わせたくなるんですよね。
そしてもうひとつ、個人的に楽しみにしていた理由がありました。
私は『モヤモヤさまぁ〜ず』のハワイ編が好きで、何度も見ています。
その中で、ほとんど“準レギュラー”のように登場しているのが、ハワイ出雲大社の神主さん、通称「ヌシカンさん」です。
もしお会いできたらうれしいな、そんな気持ちもありました。

参拝をして、お賽銭を入れて、授与所へ。
事前に調べていて知っていたのですが、ここにはマラソン祈願のお守りがあるんです。
「これは絶対に買いたい」と思っていました。
できればポシェットに入れて、一緒に走りたい。そんな気持ちでした。
さらに、妻とやり取りしながら、今回はいくつかのお守りも授かりました。
6月に予定している結婚25周年のイタリア旅行のための旅行安全守り。
妻のご友人への安産祈願。
自分の日頃の交通安全守り。
そして翌日のためのマラソン守り。


しかも、このあとちょっとした奇跡のようなことが起きます。
授与所で「今日、神主さん(ヌシカンさん)はいらっしゃいますか」と伺うと、
「ちょうど外出中なんです」とのこと。
少し残念に思いながら、帰る前にトイレをお借りしました。
すると、その帰り際です。
鍵付きの扉を閉めようとして私が少しもたついていたところに、ちょうどヌシカンさんが戻ってこられたんです。
「いつも見ています」
とお伝えして、
「明日、ハパルア・ハーフマラソンを走るんです」
と話すと、
「雨みたいですけど、無理せず頑張ってくださいね」
と、やさしく声をかけてくださいました。
あれはうれしかったですね。
会いたかった方に、前日のあのタイミングで会えて、エールまでいただけた。
それだけで、かなり気持ちが落ち着きました。

THE NIGHT BEFORE 前夜は派手に過ごさず、心を整えた
ただ、出雲大社からの帰り道、少しだけ不安もありました。
Uberの車中で、急にぐったりしてきて、軽い吐き気のようなものが出たんです。
私はもともと車酔いもしやすい方ですし、疲れが出ると、運動でも何でも吐き気が先に来やすいところがあります。
「明日、大丈夫かな」
そんな気持ちが、一瞬よぎりました。
だからこそ、その夜は無理をしないことにしました。
外に出てハワイらしい夕食をしっかり食べるよりも、明日のために整える。
そこを優先しました。
ホテルに戻ったあと、寝る前にやったのは、ゼッケンの装着です。
クリップの位置を確認して、ランニングウェアにきちんと付ける。
こういう作業をしていると、「いよいよ明日なんだな」という実感が深くなっていきます。

さらに、持ち物もきれいに並べて最終確認しました。
ウェア、帽子、シューズ、サングラス、時計、ゼッケン、必要な小物たち。
こうやって視覚的に並べてみると、気持ちも整理されます。

この夜、食事はかなり軽めでした。
そして、翌朝に向けてあらためて確認したのが、バナナ半分と、少しの水分で行くという作戦です。

吐き気が怖かったので、とにかくお腹を重くしないこと。
水を飲みすぎてタプタプにしないこと。
ここはかなり意識していました。
夜9時には、もう布団に入っていました。
ハワイの夜にしては早すぎるくらい早いけれど、この日はそれでよかったんです。
観光の夜ではなく、挑戦の前夜。
そういう夜の静けさが、ちゃんとありました。
4:00 A.M. 人生最長の朝は、まだ暗いワイキキから始まった
当日の朝は、4時に起きました。
シャワーを浴びて、バナナを半分。
マンゴージュースを少しだけ。
水もほんの少しずつ。
この朝、いちばん怖かったのは脚の痛み以上に、やはり吐き気でした。
最長7キロまでしか走ったことのない私にとって、21.0975キロはほぼ未知の距離です。
膝はどうなるのか。
足はもつのか。
途中で気持ち悪くならないか。
正直、不安はいくつもありました。
でも、不安があるからこそ、整える。
その感覚で朝を迎えていました。
ホテルを出たのは、朝5時ちょうど。
まだ暗さの残るワイキキの街を、スタート地点へ向かって歩いていきました。
デューク・カハナモク像のあたりが今回のスタート地点。
私は初参加で、自己申告タイムも3時間から3時間半くらいを想定していたので、比較的後方のブロックでした。
でも、早めに出たこともあって、5時15分から20分ごろには到着。
その時点ですでに、会場にはかなりの人がいました。
アップをしている人。
仲間と笑い合っている人。
静かに集中している人。
5時半を過ぎると、そこからさらに人が増えていきました。

そして、時間が近づくにつれて、いよいよ“ぎっしり”という感じになっていきます。
この雰囲気が、すごくよかったですね。
ただ緊張するだけじゃない。
ノリのいい音楽も流れていて、だんだんテンションも整っていく。
「ああ、私はいま、本当にハワイでレースに出るんだ」
と、身体が少しずつ理解していく感じがありました。

THE START LINE ここから先は、昨日までの自分が知らない距離へ
6時。
いよいよハパルア・ハーフマラソンがスタートします。
とはいえ、私はかなり後方にいたので、実際にスタートラインを越えて走り始めたのは6時10分ごろだったと思います。





最初に自分に言い聞かせていたのは、ひとつだけ。
飛ばさないこと。
前日の朝ランでも言われていたように、最初は本当にゆっくりでいい。
昨日の朝ランくらいの感覚で入ればいい。
そう自分に言い聞かせながら、私はワイキキの街へ走り出しました。
ここから先は、
最長7キロの自分がまだ知らない世界です。
でもその朝の私は、不思議と必要以上に怖がってはいませんでした。
前日の祈りも、夜の準備も、このスタート地点まで歩いてきた時間も、全部がちゃんとつながって、
「行くしかないな」ではなく、
「よし、行こう」
という気持ちに変わっていた気がします。
そしてこのあと、ホノルルの街と海と、ランナーたちの熱気に背中を押されながら、私は人生最長を更新していくことになります。
スタート直後は、周りのランナーのテンションも高くて、声を上げながら走り出す人もいます。
沿道からの応援も多くて、
「ああ、レースってやっぱりこういう空気なんだな」
と思いました。
THE EARLY RHYTHM 曇り空が、むしろ味方してくれた
やがてアラモアナセンターが見えてきて、そのころには空も少しずつ明るくなってきました。
日の出は6時15分ごろだったと思います。
6時半、6時40分になるころには、曇り空ながら、ちゃんと朝の光が広がっていました。
予報では雨80パーセント以上。
かなり覚悟していました。
でも、走っている最中はほとんど降らなかったんです。
これが本当にありがたかったですね。
暑すぎない。
日差しに焼かれすぎない。
むしろ、走るにはかなりちょうどいいコンディションでした。


南国らしい真っ青な空ではなかったけれど、
走るにはとてもありがたい天候でした。
アラモアナ公園の木々や、
ハワイらしいヤシの木に囲まれながら走っていると、
「ああ、本当にホノルルを走っているんだ」
という実感がじわじわ湧いてきました。



最初の5キロあたりまでは、本当にスムーズでした。
身体もまだ軽い。
息も整っている。
緊張はあるけれど、怖さに飲まれる感じではない。
コースにはマイル表示の看板が立っています。
1マイル、2マイル、3マイル。
最初は
「マイルって何キロだっけ」
と頭の中で換算しながら走っていました。
1マイルは約1.6キロ。
その計算をしながら、距離感をつかんでいきます。
4マイル。
約6.4キロ。

最初の給水所、
4マイル前後、約6.4キロのあたりで、
水を少し、
栄養ゼリーのようなものを少し、
そしてゲータレードもほんの少しだけ口にしました。
ここでも意識したのは、
とにかく飲みすぎないこと。
吐き気だけは避けたい。
その一点を強く意識しながら、
でもエネルギーは切らさないように、
慎重に進んでいきました。
私は、とにかく水を飲みすぎないようにしていました。
お腹に入れすぎると怖かったので、本当にちょびちょびと口に含むような感じです。
それでも、このあたりまではかなり気持ちよく走れていました。
ヤシの木。
木々の間を抜ける風。
ワイキキからアラモアナ方面へと広がっていく景色。
ただ前に進んでいるだけなのに、どこかそれだけじゃない。
ハワイという場所が、走ることのしんどさを少しだけ忘れさせてくれるような、不思議な力を持っていました。

BEYOND 7KM 最長記録を越えたとき、身体が教えてくれたこと
折り返して、またワイキキ方面へ戻っていく流れの中で、私はひとつのポイントを意識していました。
7キロです。
そこが、これまでの私の最長記録でした。
「ここを超えたら、もう未知の領域だな」
と思いながら走っていたのですが、その7キロを過ぎても、意外と身体は持っていました。
もちろん、足の疲れはあります。
でも、息は整っている。
いちばん怖かった吐き気も来ていない。
「あれ、いけるかもしれない」
この感覚が出てきたのは、大きかったです。
レースの中で、
自分の認識がひとつ変わった瞬間でした。
さらに10キロに到達したとき、時計を見ると、たしか1時間26分前後でした。

「あれ、これ、かなりいいペースなんじゃないか」
当初は、3時間から3時間半を想定していました。
だから10キロをこの時間で通過しているのは、自分の中ではかなりいい流れに思えたんです。
無理して飛ばしている感じではない。
でも、ちゃんと進めている。
その手応えが、じわじわとうれしくなってきました。

あのあたりを走りながら、
「こうしてハワイを走る日が来るなんてな」
と、少し不思議な気持ちになりました。

そして、ワイキキ中心部に戻ると、また沿道の応援が増えてきます。
モアナ・サーフライダーの横を通り、
ワイキキビーチの脇を抜けていきます。


ただし、ここでゴールではありません。
カピオラニ公園はフィニッシュ地点でもありますが、ハパルアはそこをいったん通り過ぎて、ダイヤモンドヘッド側へ上っていきます。
ここからが、本当の勝負でした。
THE CLIMB 15キロを過ぎて、足と向き合う時間が始まった
カピオラニ公園を抜けて、ダイヤモンドヘッド方面へ向かう上りに入ったあたりで、15キロを超えました。



「来たな」
という感じでした。
この坂が、結構きついんです。
しかも思った以上に長い。
最初はそのまま走ろうと思ったのですが、膝と膝上に、着地するたびにギュッと負担が来る感じがありました。
「これは、ずっと走っていたら足がもたないかもしれない」
そう思って、坂の途中で少しだけ歩きました。
全体を通して歩いたのは、給水のときと、この坂の一部だけです。
悔しさというより、ここはちゃんと判断してよかったと思います。
無理をして全部を失うより、少し整えて、また前に進む方がいい。

坂を上りながら見える景色は、それでもやっぱり贅沢でした。
ダイヤモンドヘッドを横に感じながら走るこの時間は、苦しいのに、どこか晴れやかでもありました。


いよいよ11マイル。
約17.6キロ。
でも、下りに入った瞬間、空気が少し変わります。
DJブースのような場所からヒップホップがガンガン流れていて、思わずテンションが上がりました。
「よし、行くぞ」
そんな気持ちで、一瞬、腿をぐっと上げて走り出したんです。
その瞬間でした。
腿が「ビーン」とつりそうになったんです。
「あ、やばい」
と思いました。
調子に乗ると、すぐこういうことをやる。
こういうところ、なんだか自分らしいなとも思いました。
でも、ここで本当に足が終わったらまずい。
すぐに少し減速して、落ち着かせました。
勢いではなく、確実に行く。
そのモードに切り替えて、そこからは歩かずに進みました。
THE FINISH 最後の数キロで、私は人生最速を更新していた
そして少しずつ平地に戻ってきます。
カピオラニ公園の看板が見えてくる。
いよいよ、ゴールが現実味を帯びてくる。

そのとき、時間をちらっと見たんです。
たしか、下りに入ったあたりで2時間25分前後でした。
「あれ、これ……もしかしたら3時間どころか、2時間台で行けるかもしれない」
最初は、3時間から3時間半くらいを想定していました。
最長7キロしか走ったことのない自分が、21.0975キロを走る。
それだけで十分大きな挑戦だと思っていたので、タイムは正直そこまで期待していなかったんです。
でもここにきて、身体の中に少しだけ余力が残っている。
もちろん脚は重いし、疲れもある。
それでも、
「最後、少しだけ上げられるかもしれない」
という感覚がありました。
それが、うれしかったですね。
何よりうれしかったのは、ここまで来てもまだ、自分の足で前に進めていることでした。
最長7キロだった自分が、
いま17キロを超えて、
18キロ、19キロと走っている。
その事実が、じわじわ効いてきました。
人生最長を更新するって、こういう感覚なんだなと思いました。
ただ数字が伸びるだけじゃない。
昨日までの自分の輪郭が、少しずつ塗り替わっていく感じ。
しかもそれは、気合いだけでも、根性だけでもなくて、景色と、空気と、応援と、ここまで積み重ねてきた時間の全部に押されながら、少しずつ越えていくものなんだな、と。
そして、ついに最後の一本道に!

そして、ついにフィニッシュラインが目前に見えました。


ああ、完走するんだ。
そう実感した瞬間、心の中で何かがふっとほどけたんです。
たぶんそれは、不安だった時間の緊張だったのかもしれないし、
「本当にいけるのか」
と疑っていた自分の声だったのかもしれません。
とにかくそのとき私は、
ああ、ここまで来たんだ、と思いました。
うれしかったですね。
本当に。
そして、ついに完走!
ハパルアハーフマラソン完走の瞬間! pic.twitter.com/6GxeNZ1HR6
— 天豆 てんまめ (@0720tenmame) April 13, 2026

フィニッシュの時計には2時間48分と表示されていました。
でも私は後方スタートで、スタートラインを越えたのは6時10分ごろ。
なのでネットタイムは、2時間37分40秒でした。
2時間37分40秒。
これは、かなり予想外でした。
もちろん、普段から走り慣れている方からしたらだいぶ遅いと思います。もっと速い人がたくさんいます。
でも、私にとっては十分すぎるほど大きな記録です。
人生最長7キロだった自分が、
初めてのハーフマラソンで、
21.0975キロを、2時間37分40秒で走り切った。
その数字を見たとき、
「よくやったな、自分」
と、素直に思えました。

THE AFTERGLOW 記録以上に、会場にあふれていたのは幸福だった
フィニッシュして、メダルを受け取った瞬間から、もう会場全体が幸福で満ちていました。
本当に、あの空気は特別でしたね。
みんな笑っている。
写真を撮っている。
肩を叩き合っている。
芝生に座り込んで、安堵の表情を浮かべている。
同じ距離を走り切った人たちのあいだに流れる、あの独特の多幸感。
私はまず、フィニッシュ前で写真を撮ってもらい、
そのあとメダルをもらって、
バナナとパイナップルジュースを受け取りました。
そして、楽しみにしていたマラサダ。

これが、めちゃくちゃおいしかったんです。
あの甘さって、走り終えた身体に染みますよね。
「ああ、いま私は本当に終えたんだ」
という実感が、あのひと口ごとに深くなっていく感じがありました。
さらに、フィニッシャーの垂れ幕の前でも写真を撮ってもらいました。

周りの方と写真を撮り合ったり、少し会話を交わしたり。
一人で来ているのに、まるで一人じゃない。
この感じが、すごくよかったです。
同じ21.0975キロを走り終えたというだけで、見知らぬ人同士のあいだにも、ふっと温かい空気が流れる。
あれは、レース会場ならではの美しさだと思います。

そのあと、前日の朝ランで一緒だったf5veのみなさんともまた会えて、一緒に写真を撮ることができました。
こういう再会も、旅のご褒美みたいでよかったです。

さらにハーゲンダッツのアイスクリームまであって、それも食べました。
芝生の上にごろんと横になって、空を見ながら、
「ああ、幸せだな」
と思いました。
この“幸せ”は、ただ目標を達成したからだけじゃないんですよね。
ホノルルの風。
芝生の感触。
周りの笑顔。
音楽。
食べ物の美味しさ。
身体の疲れ。
そして、自分がちゃんとここまで来たという手応え。
全部が重なって、ものすごく満たされていました。

THE WALK BACK ホテルまでの帰り道さえ、心はずっと晴れていた
もちろん、身体は重かったです。
ここからホテルまで、また30分ほど歩かなければなりませんでしたから。
でも、心は本当に爽快でした。
カピオラニ公園のあの空気。
走り終えた人たちの笑顔。
交流のぬくもり。
「完走したんだ」という静かな誇らしさ。
全部が残っていて、足は疲れているのに、気持ちはどこまでも軽かったんです。
それが不思議でした。
走る前は、
「ちゃんと行けるだろうか」
と不安の方が大きかった。
でも、走り終えたあとは、
「よくここまで来たな」
という静かな満足感に変わっていました。
BACK TO THE HOTEL ホテルに戻って、ようやく一日が身体に入ってきた
まずはシャワーを浴びました。
それから太ももとふくらはぎに湿布を貼って、ウェアを軽く水洗いして、ベランダに干して。
そこまでやって、ようやくベッドに横になりました。
時計を見ると、たしか10時半ごろでした。
完走したあとの身体って、不思議ですね。
しっかり疲れている。
でも、ただ消耗している感じではない。
むしろ、全身が「今日は確かに生きた」と言っているような、そんな重みがありました。
ベッドに横になってすぐ、家族に写真を送りました。
ちょうど日本は朝方で、妻がすぐに気づいてくれて、
「すごい、おめでとう」
と返してくれました。
そのままLINEのビデオ通話をつないで、ベッドに横になったまま話しました。
これは、すごくうれしかったですね。
ここまでの準備を、いろんな意味で一緒に支えてくれていた妻と、すぐにこの喜びを分かち合えたこと。
しかも、ただ「完走したよ」と伝えるだけではなく、その瞬間の顔のまま、その声のまま、この達成感を共有できたこと。
それは、自分が思っていた以上に大きなことでした。
そのあと、長男や次男からもメッセージが来て、母や姉からも「すごいじゃない」と言ってもらえて、家族みんなで喜べたのも本当によかったです。
こういうとき、つくづく思います。
挑戦って、走った本人だけのものじゃないんですよね。
応援してくれた人がいて、送り出してくれた人がいて、帰ってきたときに一緒に喜んでくれる人がいる。
そういう全部があって、ひとつの完走になる。
レースって個人競技のようでいて、案外、そうじゃないのかもしれません。
THE MEDAL AND THE QUIET REALIZATION メダルを見ながら、ようやく触れたもの
そのあと、私はしばらく、メダルを見ながらまどろんでいました。
身体は重い。
頭も少しぼんやりしている。
でも心は、静かで、あたたかくて、満たされている。
あの時間が、すごくよかったんです。
何かに勝った、という感じではありませんでした。
自分を大きく見せたい気分でもなかった。
むしろ逆で、ようやく自分の輪郭がちょうどよく戻ってきたような、そんな感じでした。
その中で、ふと思ったんです。
ああ、私はこういうふうに生きたかったんだな、と。
長いあいだ、ADHDやHSPのような繊細さや不器用さを抱えながら、会社員として生きることのしんどさを感じてきました。
ミスをしてしまうこと。
気をつけても同じような失敗を繰り返すこと。
空気に疲れること。
人にどう見られるかを気にしすぎてしまうこと。
そういう時間を、ずいぶん長く過ごしてきました。
でも、noteを起点に、ありがたいことに、いまは自分の言葉で仕事ができて、時間や場所に縛られすぎずに生きることができるようになって、こうして、ハパルアハーフマラソンも来られるようになった。
そしていま、ホノルルの空の下で人生最長の距離を走り切って、ベッドの上でメダルを見ながら、
「ああ、生きているな」
と思っている。
その感覚に触れたとき、つくづく思ったんです。
ああ、これが、私がずっと求めていた生き方だったんだな、と。
私はもともと人目ばかりを気にして、生きてきました。
誰かにどう見られるか。
どんな反応が返ってくるか。
どう評価されるか。
もちろん、そういうことが気にならなくなるわけじゃありません。
人間だから、やっぱり揺れることはあります。
でもこの日、私の中ではもっと大きなものが見えていました。
わかってもらうことより、自分で自分を裏切らないことのほうが、ずっと大切なんじゃないか。
人の反応に価値を預けるんじゃなくて、
「私はいま、こう生きてるよ」
と、自分の足で確かめながら前に進んでいくこと。
それこそが、私が本当に欲しかった自由であり、幸福だったんじゃないか。
ホノルルのレース会場で、私はただ距離を走っただけじゃありませんでした。
自分の人生を、自分の足で進めるという感覚を、身体ごと受け取っていたんだと思います。
「心からの解放感」という言葉がぴったりの体験でした。
この日、私の中で生き方の芯が、もう一段深く定まった感じがありました。
AFTER THE RACE 午後の醤油ポケが、身体にも心にもやさしかった
午後になって、翌日は一日フリーなので、どう過ごそうか考えました。
当初はハレイワの方に行くことも考えていたのですが、天気や身体の状態を見ながら、もう少し無理のない流れにしようと方向転換しました。
私はトロリーで巡るのが好きなので、HISさんのカウンターに行って、翌日使うトロリーの1日券を買いました。
景色のいいところを眺めて、必要なら少し降りて、アラモアナ方面にも行こうかな、と。
そのあと、本当は初日に食べたかったアイランド・ヴィンテージ・ワインバーに行きました。
狙っていたのはスパイシーポケだったのですが、この日はさすがに身体にやさしいものを選びたくて、醤油ポケにしました。


これが、めちゃくちゃおいしかったです。
アヒとサーモン。
海藻の感じもよくて、レースを終えた身体に、ちょうどよかった。
刺激ではなく、やさしさが沁みる感じでした。
ああ、今日はちゃんと頑張ったな。
だからこういう食事が、こんなにしみるんだな。
そんなことを思いながら食べました。
ホテルに戻ってからは、またお風呂に入って、プールエリアを少しだけのぞいたりしながら、あとはもうひたすらリラックス。
2時間くらい、ぼーっとしていたと思います。
この“ぼーっとする時間”も、すごく贅沢でした。
何かを生産しなくていい。
次を急がなくていい。
ただ、やり切った一日の余韻の中に身を置いていていい。
それだけで、十分だったんです。
大人になると、つい何でも意味に変えたくなります。
成果にしたくなるし、次につなげたくなる。
でもこの日は、そういうことを急がなくてよかった。
ちゃんと走った。
ちゃんと疲れた。
ちゃんと満たされた。
まずは、それでいい。
そう思えたことも、この日のよさだった気がします。
WHAT THIS DAY LEFT IN ME この日が残したものは、記録だけではなかった
この日を振り返って思うのは、私にとってこれはかなり大きな一日だったということです。
最長7キロだった自分が、21.0975キロを完走した。
しかも、思っていた以上のタイムで。
でも本当に大きかったのは、記録そのものだけではありません。
走っている最中の熱気。
会場の空気。
ランナーたちの笑顔。
現地で生まれた交流。
ゴール後の幸福感。
そして、そのあと静かに見えてきた、これからの生き方の輪郭。
その全部が重なって、この一日は忘れられないものになりました。
前日の朝ランでは、70代の方ともお話ししました。
実際、レース中にも73歳で見事なペースで走っている方とすれ違いました。
すごいなと思いました。
50前後で走り始めても、そこから20年、あるいはそれ以上、楽しめるかもしれない。
それって、もう立派なライフワークですよね。
人によっては、
「その年齢でハワイでマラソンなんて浮ついている」
と思うかもしれません。
でも私は、まったくそうは思いません。
むしろ逆です。
いくつになっても、自分の身体で、自分の命で、
「ああ、生きている」
と実感できる瞬間を持てること。
それは、とても尊いことだと思うんです。
しかもそれが、ハワイの自然の中で、たくさんの人の熱気に包まれて、笑顔や交流の中で行われる。
これは、ちょっとやめられないなと思いました。
だから私は、たぶんまた来ます。
12月のホノルルマラソンかもしれないし、来年のハパルアかもしれない。
それはまだわかりません。
でも少なくとも、この場所で走る喜びを、私はもう知ってしまいました。
毎年行きたい。
心では、もうそう思っています。
THE FINALE 人生最長は、何歳からでも更新できる
ということで、ハワイ旅レポ第2回、ハパルア・ハーフマラソン本番編はここまでです。
それは完走の達成感ではなく、
「自分の人生を、自分の足で進める」
ということを、身体ごと確かめた一日でもありました。
何歳からでも、人生最長は更新できる。
そしてその更新は、距離だけじゃないのだと思います。
誰かにとっては、ずっと書けなかった一篇の文章かもしれない。
誰かにとっては、行けなかった場所へ行くことかもしれない。
誰かにとっては、長く止まっていた人生を、もう一度動かすことかもしれない。
いくつになっても、遅すぎることなんてない。
もし今、何か挑戦したい気持ちを心のどこかに持っている方がいたら、
このホノルルの一日が、その背中を少しでも押せたらうれしいです。
走り切ったあの日、私は少しだけ、自分の人生の真ん中に近づけた気がしました。
派手に変わったわけではありません。
でも、自分がどんなふうに生きていきたいのか、その輪郭は前よりずっとはっきりしました。
それだけでも、この旅に来た意味は十分にあったと思っています。
次回の第3回は、ハパルアを走り終えたあとの観光と、帰国までの時間を書きます。
走り切ったあとのホノルルは、また少し違う景色に見えました。
その余韻と、旅の最後の時間を、次回ゆっくり綴ります。
天豆(てんまめ)
続きの最終回・第3回記事はこちらです☆彡
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