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使命は考えて見つかるものではない

瞑想を30年実践している天馬です。仏教、瞑想、カバラ、脳科学、カウンセリング、コーチング、心のことを30年以上勉強・実践してきました。そこでつかんだノウハウをnoteでお届けします。

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使命という言葉に、どこか強く惹かれることがあります。
自分は何のために生きているのか。
何を果たすためにここにいるのか。

そうした問いは、とても深くて、切実です。
だからこそ私たちは、考え、探し、言葉を集め、何か確かな答えにたどり着こうとします。

けれど、ずっと考えていても、はっきりとは見えてこないことがあります。
むしろ考えるほど遠のいていくように感じることすらあります。

もしそうなら、
使命は、頭で定義して見つけるものというより、在り方の変化の中で少しずつ現れてくるものなのかもしれません。

・使命を探したくなるとき

ここでは、なぜ人が「使命」を探したくなるのかについて解説します。

人生のどこかで、人はただ生きるだけでは足りなくなることがあります。
目の前のことをこなしていても、もっと深い意味や方向がほしくなる。

それは、とても自然なことなのだと思います。
人は苦しみを通ってきたからこそ、
この経験にどんな意味があるのかを知りたくなることがあるからです。

たくさん学んできた人ほど、その問いは深くなります。
スピリチュアルも、心理学も、哲学も、瞑想も学んできた人ほど、
表面的な成功や安心ではなく、もっと本質的な方向を求めるようになるのかもしれません。

ただ、その真剣さゆえに、使命もまた「正しく見つけなければならない答え」のようになっていくことがあります。
そしてそこから、静かなすれ違いが始まることがあるように思います。

・考えるほど見えなくなる理由

ここでは、使命を考えるほど見えにくくなる理由について解説します。

考えることは、もちろん大切です。
自分に問いを立て、言葉を通して整理することは、混乱の中で道を照らしてくれます。

けれど、使命のような問いに関しては、
考えることだけでは届きにくい領域があるのかもしれません。

なぜなら、考えるという働きは、
多くの場合、すでに知っている枠組みの中で答えを探そうとするからです。

「自分には何が向いているか」
「何をすれば価値があるか」
「どうすれば人の役に立てるか」

それらは大切な問いです。
けれどその問いの立て方自体が、
まだ今までの自分の延長線上にあるとしたら。

そこで見つかるのは、本当の使命というより、
今の自分が納得しやすい役割や物語なのかもしれません。

・使命の手前で守っているもの

ここでは、使命を探すときに静かに守られているものについて解説します。

使命を知りたいと思うとき、
私たちは純粋に真実を求めているようでいて、
同時に何かを守っていることがあります。

たとえば、意味のある自分でいたい気持ち。
誰かの役に立てる自分でいたい感覚。
価値ある人生であってほしいという願い。

それらはどれも悪いものではありません。
むしろとても人間的で、切実なものだと思います。

けれど、そうした願いが強いほど、
使命もまた「自分を支えてくれる答え」として探されやすくなります。

すると、本当に見つめるべきものより先に、
安心できる言葉や、納得しやすい方向へと心が向かってしまうことがあります。

使命が見えないのは、答えがないからではなく、
まだ守っているものが静かにあるから
なのかもしれません。

・使命は立ち上がってくるもの

ここでは、使命がどのように見えてくるのかについて解説します。

もしかすると使命とは、
どこかに用意されている答えを頭で探し当てるものではないのかもしれません。

それはむしろ、
自分の見方が少しずつほどけ、
無理に何かになろうとする力が静まっていく中で、
あとから立ち上がってくるものなのかもしれません。

何をしたいかより前に、
何に触れると深く動くのか。
何を前にすると、説明より先に自分が静かに応答してしまうのか。

そうしたものの中に、
使命のようなものは、少しずつ輪郭を持ち始めることがあります。

それは立派な肩書きではないかもしれません。
誰にでもわかりやすい役割でもないかもしれません。

けれど、
考えて決めたものよりも、
自分の在り方から自然ににじみ出てくるもののほうが、
ずっと深く使命に近い
ことがあるのではないでしょうか。

・まとめ

ここでは、この記事でお伝えしたかったことを静かにまとめます。

使命は、考えて見つかるものではないのかもしれません。
それは、考えることが無意味だということではありません。

むしろ、考えることを通ってきたからこそ、
考えることだけでは届かない層があると気づき始めるのだと思います。

使命を見つけたいと願うとき、
私たちは何か正しい答えを探しているようでいて、
同時に自分を支える物語を求めていることもあるのかもしれません。

だから本当に大切なのは、
「何が使命か」を急いで決めることより、
どこからその問いを立てているのかを見つめることなのだと思います。

ただ、本当の停滞や未到達の構造は、この記事で触れたよりももう少し具体的で、順番があります。
どこで認識が止まり、どこで自己像が支えられ、どこで探求が同じ場所を回り始めるのか。

それは思想の話というより、内側で何が起きているのかという構造の話です。
ここで全部を書き切らないのは、また理解だけが先に進んでしまうことを避けたいからでもあります。

その順番については、メルマガの中で、もう少し丁寧にお伝えしています。
また、その構造を頭で理解するだけでなく、実際に自分の内側で確かめていくための場として、瞑想講座も用意しています。

瞑想は、何かを信じるためのものではありません。
答えを急いで得るための方法でもなく、核心に触れるための静かな実験装置のようなものです。

もし、使命を見つけたいという思いの奥に、
まだ見えていない何かがある気がしているなら。

その入り口として、瞑想という方法は、控えめでありながら深く働くことがあるのかもしれません。

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