星環機兵アステリオン|第2話「救われた二百十一人は、ひとりで眠れない」
二百十一人の身体は救われた。
けれど、接続を失った彼らにとって、自分の中に自分しかいない夜は、初めて経験する孤独だった。
これは、救命活動が「成功」と記録されたあとの物語です。
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第1話
星環機兵アステリオン|第1話「救助記録に、死亡者はいなかった」
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第2話|救われた二百十一人は、ひとりで眠れない
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星暦二一八年、第三環状航路群星客船事故。
生存者二百十一名は、中立医療圏へ移送された。
全員、個別治療区画への収容を完了。
移送中の個体生命の死亡者は、ゼロだった。
医療区画の照明は、夜になっても消えなかった。
二百十一の個室。
二百十一の寝台。
二百十一の呼吸。
そのすべてに、同じ白い光が落ちている。
「消さないでください」
最初に言ったのは、ティア・メルだった。
看護担当が照明を夜間設定へ切り替えようとした時、少女は寝台から飛び降りた。
点滴管が引かれ、警告音が鳴る。
「ティア、戻って」
「暗くしないで」
「眠らないと身体が持ちません」
「眠ったら、分からなくなる」
「何が?」
ティアは答えなかった。
答えられなかった。
廊下の奥で、別の警告音が鳴った。
その隣でも。
さらに向こうでも。
一つの部屋の照明が落ちるたび、別の誰かが呼吸を乱した。
眠ろうと目を閉じた者が、自分の身体の中に自分しかいないことへ気づく。
そのたびに、呼び出し灯が点いた。
二百十一人は、生き残った。
だが彼らの多くは、生まれてから一度も、完全に一人で眠ったことがなかった。
群星接続の中では、誰かが先に眠り、誰かがまだ起きていた。
夢を見る者がいれば、眠れない者がその夢の端に触れた。
夜中に目を覚ましても、自分以外の呼吸が身体の内側に残っていた。
今は、何もない。
目を閉じれば、自分だけが残る。
「全室、照明維持」
イリヤが指示した。
「睡眠導入剤は?」
看護担当が尋ねる。
「使わない。薬は、目を閉じさせるだけだ」
「このままでは全員が睡眠不足になります」
「分かってる」
イリヤは、二百十一人分の生命表示を見た。
身体は安定している。
心拍も、呼吸も、神経反射も正常範囲に戻った。
それでも誰一人、正常に眠れない。
画面には、処置成功と表示されていた。
カイが医療区画へ入ったのは、消灯予定時刻から三時間後だった。
二百十一の個室の扉は、ほとんどが開いていた。
患者たちは廊下から互いの姿が見える位置へ寝台を動かしている。
床へ座る者。
壁へ背を預ける者。
隣室の人間と手をつなぐ者。
誰とも触れず、ただ開いた扉だけを見つめる者。
一つの大部屋へ集まろうとはしなかった。
近づきたい者と、離れたい者がいた。
声を聞きたい者と、もう誰の声も聞きたくない者がいた。
「何しに来たんですか」
ティアが廊下の中央に立っていた。
治療着の上から毛布を羽織っている。
「移送前の確認だ」
「救助者がするんですか」
「アステリオンで医療区画ごと運ぶ」
「また、あなたが運ぶんですね」
カイは答えなかった。
中立医療圏へ向かう輸送船は、個別治療カプセルを使用する予定だった。
だが二百十一人を別々の密閉区画へ入れれば、何人が耐えられるか分からない。
イリヤは医療区画全体を連結搬送棟として運ぶ計画へ切り替えた。
アステリオンが、二百十一人のいる区画を外側から抱えて運ぶ。
第九項で切り離された者たちを、今度は一つの区画に残したまま。
「聞きたいことがあります」
ティアが言った。
「何だ」
「アウラが最後に言ったこと」
カイの身体が止まった。
「セナから聞きました」
廊下の壁際に、セナが立っていた。
操縦服ではない。
群星人用の接続補助具も外している。
額から首筋へ続く細い端子だけが、皮膚の上に黒く残っていた。
「私は、日誌の内容までは話していません」
セナはカイを見ずに言った。
「あなたが記録を残したことだけです」
ティアが続ける。
「アウラの最後の言葉を、書いたんですよね」
「ああ」
「見せてください」
カイは黙った。
「見せられないんですか」
「個人航海日誌だ」
「知っています」
「正式な事故記録じゃない」
「それも知っています」
ティアは一歩近づいた。
「どうして、あなたが持っているんですか」
「俺が聞いたからだ」
「私たちも聞いていました」
「切断の直前は、接続が崩れていた」
「だから、覚えていない人もいます」
ティアの声が低くなる。
「私は、最後の言葉を覚えていません」
「断片は残っているはずだ」
「あなたが、それを言うんですか」
廊下の奥で、誰かが息をのんだ。
カイは言葉を失った。
ティアは続けた。
「切られてから、みんなの覚えてることが、ばらばらなんです」
「……そうだ」
「それなのに、最後の言葉を全部持っているのは、あなたなんですか」
カイは胸元の端末へ手を触れた。
「それは、あなたの記憶ですか」
「違う」
カイは端末を握った。
「だから、誰か一人へ渡して終わらせたくない」
ティアは、しばらく彼を見た。
「誰か一人のものにしてほしいなんて、言ってません」
カイの手の中で、端末の重さだけが増した。
「私は聞きたくない」
開いた個室の一つから、男の声がした。
四十代ほどの群星人だった。
両腕で自分の身体を抱いている。
「最後の言葉なんて、返さないでくれ」
ティアが振り返る。
「でも、アウラの――」
「私は、助かった」
男は言った。
「もう、それだけでいい」
「よくない」
「君には、だろう」
別の部屋から、年配の女性が顔を出した。
「私は聞きたい」
その向かいの部屋では、若い女性が耳を塞いでいる。
「やめて。ここで話さないで」
ティアの声が止まった。
若い女性は耳を塞いだまま、個室の扉を半分閉めた。
「聞きたい」
「私は嫌です。もう――」
「アウラを記録に残して」
「やめて!」
声が重なり、誰が誰へ答えたのか分からなくなった。
誰かが泣き始めた。
別の誰かが壁を叩いた。
「帰りたい」
「もう一度つながりたい」
「私は、戻りたくない」
「決を採る」
ダレンが廊下の入口に立っていた。
「過半数が開示を望めば、共有する」
「反対です」
セナが即座に言った。
ダレンが彼女を見る。
『少数が望まなくてもですか』
「決めないことも、待っている全員へ押しつける判断だ」
『記憶を聞かせることと、移送を同じ決定にしないでください』
「全員の同意を待てば、今夜の受入枠を失う」
『また、時間で切り捨てるんですね』
ダレンは何も答えなかった。
廊下の奥から、先ほどの年配の女性が言った。
「多数決は、やめてください」
誰もすぐには続かなかった。
イリヤが医療端末を閉じた。
「日誌のことは、移送条件と切り離す」
「できるのか」
ダレンが聞く。
「私は医師です。記録の所有権は知らない」
イリヤは一度、言葉を切った。
「これは、治療の外側の話かもしれない。それでも、聞きたい患者と聞きたくない患者を、同じ処置には入れられない」
「では、どうする」
「選べる状態だけ残す」
ティアがカイを見る。
「端末を、ここに置いてください」
「ここに?」
「誰の部屋にも入れないでください」
廊下の中央には、小さな共用卓があった。
水差しと、未開封の薬が置かれている。
「聞きたい人は、自分で来る」
ティアが言った。
「聞きたくない人は、来ない」
「日誌は俺の個人記録だ」
「だから、あなたが決めるんですか」
カイは胸元から記録端末を取り出した。
黒い薄板。
傷も汚れもない。
アステリオンの指には焼け跡が残った。
画面には、傷一つない文字だけが残っている。
「これは、誰のものになる」
カイが尋ねた。
「分かりません」
ティアは答えた。
「私のものでもありません」
「二百十一人のものか」
「それも、今は分かりません」
「なら、渡せない」
「どうしてですか」
「誰に渡したのか記録できない」
「複製はできるんでしょう」
「できる」
カイは端末を見た。
「だが、一度渡せば回収できない」
「消してほしいって言われても?」
「全部は戻らない」
ティアはしばらく黙っていた。
「また、記録ですか」
カイの指が端末の縁を強く押した。
「記録がなければ、なくなる」
「記録があっても、なくなったんです」
カイは顔を上げた。
ティアは泣いていなかった。
「アウラは、あなたの罪ではありません」
「俺が切った」
「だからって、あなた一人のものにしないでください」
カイは共用卓へ歩いた。
水差しの横へ、記録端末を置く。
端末から手を離した。
ティアは触れなかった。
誰も触れなかった。
黒い薄板だけが、二百十一の個室の間に残った。
ダレンは、二時間の遅延を承認した。
遅延理由欄には、自分の識別名を入力した。
二百十一人を個別カプセルへ分ける計画は中止された。
医療区画全体が、連結搬送棟としてアステリオンの前へ運ばれる。
白い機体の装甲は塗り直されていた。
右手の指先も、外から見れば元の白へ戻っている。
焼け跡は、その下に残っている。
カイが操縦席へ座った。
イリヤは生命表示を確認している。
ダレンは搬送経路を開く。
一つの座席だけが、接続待機のまま空いていた。
「セナは」
カイが尋ねる。
返事の代わりに、共有操縦系の一部が開いた。
以前のような感情の流入はない。
塩辛さも、怒りも、呼吸も伝わらない。
必要な数値だけが流れてくる。
『患者区画、接続確認』
セナの声。
座席にはいる。
だが、カイとの共有層を閉じている。
「乗るのか」
『二百十一人を運ぶためです』
「分かってる」
『あなたを許したからではありません』
「分かってる」
アステリオンが、連結搬送棟へ手を伸ばす。
二百十一人がいる区画。
強く握れば、外壁が歪む。
弱ければ、固定具が外れる。
「右掌、接触圧を〇・二下げる」
セナが言った。
カイは操縦桿を動かした。
白い指が、わずかに力を緩める。
第七区画の振動が止まった。
「保持圧、安定」
イリヤが告げる。
「搬送開始」
ダレンが言った。
アステリオンは、二百十一人の医療区画を抱え上げた。
搬送棟の内部では、個室の扉が開いている部屋も、半分閉じている部屋もあった。
共用卓の上に、カイの航海日誌が置かれている。
移送が始まってしばらくして、一人の少年が部屋から出た。
端末の前に立つ。
手を伸ばす。
だが、触れる直前で止めた。
少年は画面を開かず、その場へ座った。
次に、年配の女性が来た。
少年の隣へ座る。
二人とも、端末を見ない。
しばらくして、少年がもう一度手を伸ばした。
画面だけを開く。
音声は再生しなかった。
ティアが来て、その隣へ座った。
画面には、三行だけが表示された。
二百十一人を救った。
その二百十一人が、事故の前にも二百十一人だったのかは分からない。
『どちらも、私です』
ティアは声に出して読まなかった。
少年も、年配の女性も何も言わなかった。
聞きたい者は、文字を見た。
見たくない者は、個室へ残った。
いくつかの扉は閉じられていた。
その部屋の連絡灯だけが、廊下側に点いたままだった。
中立医療圏への到着後、二百十一人にはそれぞれ個別治療室が割り当てられた。
夜間照明。
個別寝台。
遮音壁。
室内呼出装置。
必要な設備は、すべて揃っていた。
公式記録には、こう残された。
星暦二一八年、第三環状航路群星客船事故。
生存者二百十一名は、中立医療圏へ移送された。
全員、個別治療区画への収容を完了。
移送中の個体生命の死亡者は、ゼロだった。
その夜、二百十一の個室では、開いた扉も、閉じた扉もあった。
連絡灯が消えた部屋は、一つもなかった。
ひとりで眠った者は、ゼロだった。
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あとがき
第1話では、二百十一人の身体を救うために、彼らの間に生まれた局所群星人格《アウラ》が切り離されました。
第2話で描いたのは、その救助が「成功」と記録された後に始まる時間です。
身体が安定したことと、以前と同じ生活へ戻れることは同じではありません。誰かと接続して生きてきた人にとって、一人になれることは自由であると同時に、これまで経験したことのない孤独でもあります。
また、失われた存在の最後の言葉を誰が持つのか。聞きたい人と、聞かずに生きたい人の権利を、どのように両立させるのか。その問いも物語の中心に置きました。
全員へ同じ答えを与えるのではなく、開いた扉と閉じた扉の両方を残す。
救命とは、すべての人を同じ状態へ戻すことではなく、それぞれが選べる状態を守り続けることなのかもしれません。
「星環機兵アステリオン」について
敵を倒すのではなく、正解のない救命現場へ向かう巨大人型救命機《アステリオン》。
救助記録には残らなかった存在と、救われたあとにも消えない傷を追う連作SFです。
あなたなら、アウラの最後の言葉を聞きますか。
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第1話制作ノート
「個体生命の死亡者は、ゼロだった」を支えた改稿|『星環機兵アステリオン』第1話制作ノート
https://note.com/tenkai_notes/n/n47fb78868be6
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