【開催レポート】地方発スタートアップに学ぶ、事業成長のリアル〜FISHPASSの挑戦と決断の舞台裏〜
2025年11月29日、金沢大学 未来知実証センターを会場に、TENJO KANAZAWA 起業家セミナー「地方発スタートアップに学ぶ、事業成長のリアル 〜FISHPASSの挑戦と決断の舞台裏〜」を開催しました。
今回登壇いただいたのは、福井県発スタートアップ・株式会社フィッシュパス 代表取締役の西村成弘さん。
川釣りの「遊漁券アプリ」から事業をスタートし、現在は環境DNAを活用した生物多様性データ事業へと展開するFISHPASS。このセミナーでは、約9年間にわたる事業の成長過程と、その裏側にあった試行錯誤や判断の積み重ねについて、ファシリテーターを務めたTENJO KANAZAWAメンター・三宅との対話形式でじっくりと掘り下げました。
この記事でわかること
・「たまたま」の連鎖からアイデアを事業に変えていったプロセス
・補助金・官民ファンド出資・株式買い戻しという資金調達のリアル
・川のデータと環境DNAを軸に、「川のインフラ企業」を目指す最新の挑戦
・事業を続けるうえで、西村さんが一貫して大事にしてきたこと

1. 起業の原点:「たまたま」が重なって生まれたアイデア
三宅(ファシリテーター):
西村さんはメーカー勤務を経て、飲食店経営をされていたという、少しユニークなキャリアですよね。そもそも、起業を意識し始めたのはいつ頃だったのでしょうか? そして、その想いがFISHPASSの事業に繋がるまでには、どんな経緯があったのでしょう。
西村さん:
起業自体は、大学3年生くらいからぼんやり考えていました。でも、すぐに起業する勇気はなくて、親が喜ぶような一流企業に就職しました。その後、地元の福井へ戻り、飲食店を始めて、10年くらいがむしゃらに働いたんです。
ようやく事業が落ち着いて、「そろそろ次のことを考えてもいいかな」と思っていたタイミングで、ふと子どもの頃のことを思い出しました。祖父と一緒に釣りをした、故郷の川の景色です。「あの川、今どうなってるんだろう」と気になって、久しぶりに行ってみたんですね。すると、昔とすっかり様子が変わった川を見て、ショックを受けました。
三宅:
それが、きっかけになっていくんですね。
西村さん:
はい。そこで釣りをしていたら、おじさん二人に「遊漁券見せなさい」と声をかけられました。遊漁券という存在をちゃんと認識したのは、そのときが初めてです。よく見たら、そのうちの一人は幼馴染のお父さんで、その地区の漁協の組合長で(笑)。
川で釣りをするには、事前に漁協が発行する紙の「遊漁券」を買う必要があることを教えてもらいました。当時は釣具店や漁協で現金で購入するのが当たり前でした。
思わず、「これ、Amazonみたいにネットで買えないんですか?」と聞いてみたんです。そしたら、「何を言ってるんだお前は」という反応で(笑)。ここで抱いた素朴な「なぜAmazonで買えないんだ?」という疑問が、後の事業アイデアにつながっていきました。
三宅:
すぐに事業化に向かったんですか?
西村さん:
いえ、全くです。当時、地域活性化を学ぶために大学院に通っていたので、ゼミの先生にこのアイデアを話したら「それは水産学の領域だ」と一蹴されました。それで一度は諦めたんです。
でもたまたま、大学院の別の授業のレポート課題のために参加した、福井市のビジネスプランコンテストの説明会で、「あなたのアイデアをプランにしてみましょう」という紙を渡されて。そこで、いったん却下された釣りのアイデアを書いてみたら、担当者の方が「面白そうだから出してみたら?」と背中を押してくれたんです。
三宅:
そこから、あれよあれよと。
西村さん:
そうなんです。書類審査を通過し、ファイナリストに選ばれました。ただ、人前で話すのが死ぬほど苦手で。5分間のピッチを完璧にこなすため、原稿を覚えて、自宅や家族の前はもちろん、最後は精神を鍛えるために福井駅前のスクランブル交差点に立って、道行く人の中でスピーチの練習をしました。
合計で265回練習しました。「ファイナリストって、みんなこのくらいやってくるもんだ」と本気で思っていたので(笑)。結果的に、その「勘違い」がプラスに働いて、グランプリをいただくことができました。
三宅:
265回は、すごいですね(笑)。受賞後、資金や開発体制はどのように整えていったのでしょうか。
西村さん:
コンテストの賞金が30万円。それから、主催の福井市の方から「1件500万円の市の新規事業開発の補助金に応募しませんか」と声をかけていただきました。
ITの知識は全くなくて、自分はそのときガラケーしか持っていなかったんですけど(笑)、福井産業支援センターに相談に行って、手書きのイメージ図を見せながら「こういうアプリを作りたい」と話しました。そこで開発会社さんを紹介してもらい、補助金も活用しながら、少しずつ形にしていったという感じです。

2. 最初の手応えと、突き当たった壁
三宅:
最初の導入先は、地元の竹田川漁協だったんですよね。ここでいきなり大きな成果が出たそうですね。
西村さん:
そうなんです。竹田川では売上が前年の1.5倍になって、7年連続赤字だったのがいきなり黒字化しました。監視業務コストも削減されて、「これはもう時代を貫くサービスだ」と手応えを感じました。
その成功がきっかけで、全国的に有名な九頭竜川の漁協さんから声をかけていただき、意気揚々と導入したのですが…。
三宅:
大ヒットしたんですか。
西村さん:
もう、全然。悲惨な結果だったんですよ。アプリ経由の遊漁券の売上が全体のわずか2%。竹田川では売上の約4割がアプリ経由だったのに、九頭竜川では全然使われなかったんです。「誰も使わないじゃないか」とクレームの嵐で、正直やめたくなりました。
三宅:
そこから、どのように立て直していったのでしょう。
西村さん:
そうですね、ちょっと半日寝込んで…(笑)。それから、クレームに真摯に向き合うことから始めました。例えば、監視員の方々はご高齢の方が多いので、「スマートフォンの画面の文字が小さくて見えない」「サングラスをかけると画面が反射して見づらい」といった切実な声がありました。
そこで、高齢者にとって最も身近なICTとは何かを考え、病院の受付機や銀行のATMのUIを徹底的に研究し、誰でも直感的に操作できるデザインに改良を重ねました。
この泥臭い改善の積み重ねが、少しずつ現場の信頼を取り戻し、漁協の方が別の漁協の方におすすめしたりしてくれるようになりました。

3. 成長初期の資金繰りと「利益を追わない」組織文化
三宅:
挫折を乗り越え、横展開を本格化する際、組織体制や資金調達はどのように進めたのですか?
西村さん:
はじめは、私と大学院の同期の知人の2人体制でした。
資金面では、まず補助金や助成金の活用を優先しました。たとえば農林中金の農林水産業みらい基金などから、3年間で約1,500万円(人件費分)の補助を受けることができました。
補助金の採択決定書をもとに、銀行から「つなぎ融資」を受ける手法で、先に資金を確保して事業を回していく。そんな、やり方でした。
その後、メンバーは4〜5人(システム担当1名、営業メンバー数名)に増えましたが、営業は決して楽ではなくて。年間で提携できた漁協は、数件程度。急激な成長が見えていたわけではありません。
当時の組織は、数字よりも、「みんなで面白いことやれたらいいよね」という文化を優先するような「利益をガツガツ追わない組織」でした。

4. 急成長の光と影:官民ファンドからの出資と、その先の決断
三宅:
そこから、事業をもう一段階スケールさせるために、官民ファンドから資金調達をされていますよね。どのような経緯だったのでしょうか。
西村さん:
補助金を活用した検証フェーズを経て、提携漁協も増えてきましたが、「このスピードでは間に合わない」という感覚がありました。そんなときに、官民ファンドから声をかけていただき、出資いただくことになりました。
ファンドの資金が入ったことで、これまで躊躇していた人材採用に踏み切ることができ、組織が一気に拡大しました。それまで年間数件しか増やせなかった提携漁協数が、わずか1〜2年で30未満から一気に200近くまで急増しました。お金の力で事業がこれほど加速するのかと、まさに「光」の側面を実感しましたね。
三宅:
でも、その関係は長くは続かなかったと…。
西村さん:
官民ファンドには金融機関も参画していて、組織運営やコンプライアンスの強化にはとても力を入れてくださいました。一方で、スタートアップとしては「仮説検証を高速で回したい」「現場に合わせて柔軟に動きたい」という想いが強くて、その部分で考え方のギャップも出てきました。
毎月の経営報告の準備に、私と担当者で2週間近くかかってしまうこともあり、社内の雰囲気はだんだんギスギスしていきました。
このままでは、何のために事業をやっているのか、その行き先を完全に見失ってしまう――。そう感じ、最終的に、出資いただいていた株式をすべて買い戻す決断をしました。
関係解消の意向を伝えてから合意までに、およそ半年。買い戻し価格も当初の出資額を大きく上回るものでしたが、「もう一度、自分たちの意思で事業の舵を取りたい」と思い、覚悟を決めました。
結果的には、いい勉強をさせてもらったなと思っています。
三宅:
そう言えるのが、西村さんの素晴らしいところですね。
5. 「動物園」から、同じ方向を向くチームへ
三宅:
株式の買い戻し後、組織づくりの面でも大きな転換期を迎えたと伺いました。
西村さん:
はい。資本関係の整理が一区切りついたタイミングで、全社員を集めて話をしました。「今の組織は、正直、少し散らばっている感覚がある」「個性的なメンバーが多いからこそ、進む方向をそろえたい」と。
当時のことを振り返ると、「動物園」みたいな、いい意味でも悪い意味でも自由な状態でした(笑)。
そこで「何のためにこの事業をやっているのか」を徹底的に議論し、ベクトルを合わせ直しました。組織も一度すべてフラットにし、社長と全社員というシンプルな2階層構造にしました。私が全社員と毎日向き合うことで、意思疎通のズレをなくし、同じ方向を向いて走れる体制を再構築したんです。
不思議なことに、この混乱期に社員は一人も辞めませんでした。「何のためにやっているのか」を一緒に問い直すプロセスそのものが、チームの結束を強くしてくれたように感じています。
6. 事業の「ど真ん中」に戻る──環境DNAとの出会い
三宅:
そこから、現在の環境DNA事業へと大きく舵を切っていくきっかけは何だったのでしょうか。
西村さん:
「自分たちの原点は何か」を考え続けていたときに行き着いたのが、「川に魚がいること」です。釣り人にとっても、漁協にとっても、そこが一番大事なところですよね。
そんな中で、龍谷大学の先生から「コップ一杯の水を汲むだけで、そこにどんな魚がどれだけいるか分かる技術がある。一緒に普及させませんか?」という共同研究の提案をいただきました。それが、環境DNAとの出会いです。これこそが我々の進むべき真の道であり、ミッションのど真ん中だと直感しました。

三宅:
環境DNAという言葉を初めて聞く方もいると思います。少し教えていただけますか?
西村さん:
川の水の中には、目に見えないレベルで、生き物たちのDNAが含まれています。環境DNAというのは、そのごく少量のDNAを採取して解析することで、「どんな生き物が、どのくらいそこにいるか」を推定する技術です。
今、脱炭素の次に、世界で大きなリスクとして注目されているのが「生物多様性の損失」です。企業は、事業活動によってどれだけ生き物を減らしているのか、あるいは守れているのかを「数字」で示すことを求められるようになっています。
この技術と、私たちが全国の漁協さんと築いてきたネットワークを掛け合わせれば、「釣り」「資源管理」「環境保全」をつなぐ、“川のインフラ”としての価値を、漁協や自治体だけでなく企業にも提供できると感じました。
三宅:
すでに海外での取り組みも始まっているそうですね。
西村さん:
はい。たとえばカンボジアやマレーシアの行政と組んで、環境DNAでモニタリングする取り組みも進めています。
三宅:
今後のビジョンについて、改めて聞かせてください。
西村さん:
目指しているのは、「日本一、川のデータとテクノロジーを持つ企業として、世界に通用する川のインフラ企業になる」ことです。
福井の一本の川から始まった取り組みが、日本全国そしてアジア各国の水環境の課題解決に貢献できるように、これからも一歩ずつ進めていきたいと思っています。
7. おわりに:目の前の「信用」を積み重ねるということ
三宅:
正直、9年前にこういう世界が待っているということを、ちょっとでも予想されていましたか?
西村さん:
全くです。本当に、1〜2週間先ぐらいのゴールを一生懸命やってただけなんで。
三宅:
お話を聞いていると、目の前の機会に対して常に全力で誠意を持って対応し、次のご縁につなげてきた「成長の連鎖」と、ファンドからの買い戻しのような困難な判断も、大変な思いをしてもやり切ったことが、事業を存続させ、ここまで成長させてきた大きな要因なのかなと感じました。
事業を続けるうえで、西村さんが最も大切にしてきたことは何でしょうか?
西村さん:
飲食店を経営していた人間がITに行くには、応援してもらわないと成り立たない。じゃあ、「何をしないといけないか」と思った時、「ちゃんとすること」やなと。
依頼があったらすぐ返すし、納品を守る。間違ったことをしたらお詫びする。困難な状況から逃げずに誠実に対応し続けたことが、次のご縁と成長の連鎖を生んだのだと思います。
三宅:
「ビジネスって結局、信用のやり取りだ」と言う人もいますよね。目の前のことを誠実に返していき、それが繋がった時にぐわっと伸びる。あるいは、「おかしいな」となった時に諦めないで巻き戻すことこそが、事業成長の大きなヒントになるのかなと感じました。
トークセッション後の質疑応答では、事業運営や組織づくり、資金調達など多くの質問が寄せられました。その中で印象的だったのが、「起業家としての性格」についての問いです。
西村さんはご自身を、もともとはネガティブで、目立つことも得意ではないタイプだったと振り返ります。変化のきっかけとなったのは、社内に加わった非常にポジティブなメンバーの存在でした。重要な案件で失敗したときにも「ラッキーですね!これで次に行けます」という一言。しんどい状況でも「ラッキー」と捉える。その強さに刺激を受け、それ以降、西村さんは意識的に物事を前向きに捉えるようになったそうです。
フィッシュパスの成長の背景には、戦略や仕組みだけでなく、起業家自身が変わり続けてきたプロセスもあったのです。

今回の起業家セミナーは、「こうすればうまくいく」という指針ではなく、
「悩みながらでも前に進み続ける姿」をそのまま見せてくれるものでした。
地方で事業を始めようとする人、続けようとする人にとって、少し背中を押される内容にだったのではないでしょうか。
TENJO KANAZAWAでは、これまでにもさまざまな起業家セミナーを開催してきました。
ぜひ、こちらから、過去の開催レポートもご覧ください。
