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革命!は大げさかもしれんが。ROLAND D50 その②終わった。

息子よ、革命の先にあったのは「満足」じゃなかった

息子よ。

俺はな、
Roland D-50 も持っていた。

確かにあれは革命的だった。
それは間違いない。

だがな、

正直なところこう思ったんだ。

「な~んか物足りないな」


■ 最初は感動する

電源を入れてな、音を出した瞬間。

「おお…なんだこれは」

となる。

プリセットは完成されている。
広がるし、綺麗だし、いかにも“プロの音”だ。

だがな、

その先が続かない。


■ 感動は長く続かない

最初のインパクトは強い。

だが、その後こうなる。

「…で?」

なんだ。

悪くはない。
むしろ良い。

だがな、

普通に収束する

んだよ。


■ 音作りの限界

一応な、自分で音も作れる。

だがな、

プリセットを超えられない。

そりゃそうだ。

最初から入っている音は
プロが作った完成形だ。

素人がちょっと触ったくらいで
越えられる訳がない。

これはな、

Korg M1 でも同じだった。


■ ここで気づいた

この辺りからだな、

俺のシンセに対する見方が変わった。

シンセサイザーってのはな、

プロの道具

なんだ。

売れる音。
使える音。
現場で通用する音。

それが最優先だ。

特にROLANDはな、
完全に演奏者目線だった。

だから完成度が高い。

だがその分、

遊びの余白が少ない


■ 本当に楽しかった時代

じゃあ一番楽しかったのはいつか。

決まっている。

Korg MS-20 を
パッチケーブルで繋いでいた時代だ。

・音が出ない
・意味が分からない
・でも、いじると変わる

あのな、

何が起きるか分からない感じ

これが最高だった。


■ 俺の性格

息子よ。

お前は知っているだろう。

俺はな、

完成品に興味が無い

んだ。

完成されているものはな、
触る余地がない。

つまり、

面白くない。

例えば、完成されたガンプラを貰っても嬉しくない。


■ 結論

Roland D-50 は確かに凄い。

だがな、

それは「完成された凄さ」だ。

俺が求めていたのは

「未完成の面白さ」

だった。


■ そして終わる

息子よ。

この機種でな、

俺のシンセ散財の旅は終わった。

いや、

終わらされた

と言った方が正しいかもしれんな。

だが、正確に言えばだ、その後、池袋の楽器屋さんで購入した
中古のRoland JX-10 (SuperJX)が最後だ。
何?旅は終わっていないだろってか?
うーむ。
実は、未練があったんだ。

だが、新機種には未練はない。

これはな、憧れの機種だたんだよ。

それは後日にレビューするぞ。


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