それでも画期的?ROLAND CSQ-100 とKORG MS-20のドラマ
息子よ。
今はな、パソコン一台で何でも出来る時代だ。
だがな、俺の若い頃は違う。
時は1980年ごろだ
あの頃の俺の部屋はな、会社が契約した
郡山の社宅マンションだっだ。
工場の真裏でな、日中でも日が差さない
薄暗くじめじめした環境だったんだ。
当時はシンセサイザーに嵌り始めの頃だ。
机の上には、
シーケンサー ROLAND CSQ-100 と
アナログシンセ KORG MS-20 。

ケーブルのゴムの匂いと、
機械が温まったときの、あの独特の匂い。
静かな部屋に、
「ピー……」という、細い電子音だけが浮かんでいた。
音は“作るもの”だった
MS-20はな、素直じゃない。

鍵盤を押しても、
それはただの音でしかない。
そこから先は、
ツマミをひねり、ケーブルを刺し、また抜いて、
音を“探す”しかない。
ほんの少しの違いで、
音は暴れ、沈み、別の顔を見せる。
今みたいに、完成された音なんて無い。
全部、自分で作る。
だからな、
出口が見えない。
深夜、止まった時間
時計を見ると、もう夜中だ。
外は静まり返っている。
俺はな、
その中で一人、機械と向き合っていた。
何時間やっても、
音楽にならない。
ただのノイズ。
ただの失敗。
正直、少し投げたくなっていた。
そして、その瞬間だ
「……これで最後にするか」
そう思って、
一本だけケーブルを差し替えた。
その瞬間だ。
空気が変わった。
「……お?」
さっきまでバラバラだった音が、
急に“意味”を持ち始めた。
慌てて、
ROLAND CSQ-100 にフレーズを打ち込む。
カチ、カチ、と淡々と刻まれるループ。
そこに、
KORG MS-20 の音が乗る。
うねる。揺れる。呼吸する。
機械のはずなのに、
まるで生き物みたいだった。
部屋が“変わった”んだ
息子よ。
あの時な、部屋の空気が変わったんだ。
さっきまでただの六畳だった空間が、
急に“スタジオ”みたいに感じた。
同じ機材、同じ部屋、同じ夜だ。
だがな、
音が繋がった瞬間に、世界が変わる。
これがな、
一番最初の“音楽体験”だった。
これは演奏じゃない
あれはな、演奏じゃない。
対話だ。
こっちが触ると、
機械が返してくる。
予想なんて、軽く裏切られる。
だが、それがいい。
だから時間を忘れる。
気が付けば、朝が近かった。
不便の中にしか無いもの
今の機材はな、完璧だ。
だがな、
あの頃の不便さの中にしか無いものがある。
迷う時間。
失敗の山。
そして、たった一度の“繋がる瞬間”。
あれはな、
簡単には手に入らない。
確か、記憶だと、
鍵盤の音階を押して、シーケンサーのステップボタンを押す。
それを、168回繰り返す。
そんな、気の遠くなる様な作業だったと思う。
音符の指定はどうしたのかは覚えていない。
それと、MS-20はパッチよりも
チューニングが大変だった記憶はあるな。
こんな事を、週末にちまちまと、やっていたんだ。
これって、もしかしたら、楽しかったのか?
今になって、そう思い始めている。
