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自己紹介 〜71歳の暮らし人〜


北海道の雪国で育った少年時代

僕の生まれは北海道の雪国。
西の山、振り向けば東の山に囲まれた盆地で育ちました。

冬は一面の雪。
朝起きて外に出れば、空気がキーンと冷たく、
足跡の音がキュキュッと響く。

子どものころは、その雪道を歩くことすら遊びでした。

そして冬と同じくらい心に残っているのが、夏のホタル。
家は田んぼのど真ん中にあり、夜になると窓からホタルの光が見える。
闇の中で点いたり消えたりする小さな光は、
星が舞い降りてきたようで、ただただ見とれていました。

「自然ってすごいなぁ」
そう思ったあの感覚は、71歳になった今も消えていません。


造園と土木の世界へ

大人になった僕は、造園や土木の仕事につきました。
自然が好きで、外で働くのが性に合っていたからです。

とはいえ、仕事となれば遊びでは済みません。
現場はいつだって真剣勝負で、責任の重さもありました。

一級土木施工管理技士、一級造園施工管理技士。
その資格を取るために、若いころは必死でした。

押し入れを机代わりにして、朝2時間。
現場から帰ってまた2時間。
体力も気力もあふれていて、
「若かったなぁ」と今になって思うばかりです。

資格を取れば楽になるわけではなく、
むしろ“持っているからこその重み”がのしかかる。
それでも現場をやり遂げたときの充実感は大きく、
あのころの自分を支えていた誇りでもあります。


山口の片田舎での暮らし

やがておかあちゃんのふるさと、
山口の片田舎に暮らしの根をおろしました。

子どもも授かり、今は三人で暮らしています。

仕事から帰れば畑に出て、
「今日は何の種を蒔こうか」「苗は何株にしようか」
そんな話をお母ちゃんとするのが日課。

何気ないその時間が、僕にとっての宝物です。


体力の衰えと、新しい気づき

いつの頃からか「体力の衰え」をはっきり感じるようになりました。

ごはんのあと立ち上がるとき、思わず「よいしょ」。
現場では「足を引きずっとるぞ」と仲間に心配されることもあり、
一日働き通すのがきつくなってきています。

「週4日勤務にしようかな」と考える日も増えました。

でも不思議なことに——
体力が落ちたぶん、言葉と向き合う時間が増えました。

気になった言葉をメモして、
夜にパソコンの前でふくらませていく。

眠くなる日もありますが、
「まあ、そんな日もあるさ」と思えるような自分になりました。

むしろ、若い頃より心の奥の声を拾いやすくなった気がします。


noteとKindle、そして言葉が育っていく日々

noteを書き続けるうちに、
自分の中の“何か”が確実に変わっていきました。

最初はただのメモだったのが、
続けているうちに 言葉が育っていく のを感じます。

Canvaでアイキャッチも作れるようになり、
毎朝の“良いこと探し”も習慣になりました。

気がつけば、
71歳の今が、いちばんおもしろい。
そう思えるようになりました。

家庭菜園、お母ちゃんとの会話、子どもの仕草。
ささやかな暮らしを書きとめると、心がすっと落ち着きます。

そしてそれが誰かの心を
少しでもやわらかくできるなら、本望です。

Kindle出版という夢にも挑戦中で、
「じいちゃんでも挑戦してええんじゃ」と
ようやく自分に言えるようになりました。


戸惑いと気づきの中で

資格の勉強をしている知り合いを見て感心しつつ、
僕は本を開くと眠くなる。
まあ、そんなもんです。

でも、その“眠くなるじいちゃん”が
それでも言葉を探している姿こそ、僕らしいのかもしれません。

暮らしには流れがあります。
無理に逆らわず、その流れに揺れながら歩いています。


いま感じている「これから」

若いころは力任せの人生でした。
今は、落ちていく筋肉と相談しながら、
自分のペースで暮らす日々です。

「これ以上は無理だな」と感じ取るのも知恵。
頑張りすぎないことが、暮らしを豊かにするのだと気づきました。

そして今、ようやくこう思えるようになりました。

“畑を耕すように、言葉も耕していけばいい。”

畑の育ち具合に一喜一憂しながら、
同じように言葉の育ち具合も楽しめるようになってきました。

言葉を探すのが楽しくなり、
「僕の言葉で誰かがもう一歩進んでみようと思ってくれるなら」
それだけで十分です。

そんなふうに思える自分が、いまはなんだか好きなんです。

これからも、畑と暮らしと家族を大事にしながら、
言葉を耕し続けていきます。


ずいぶん時間が経ちました。

この文章を書いたときの自分は、
まさかこんなふうに、
言葉を書き続けているとは
思っていなかった気がしています。

懐かしい景色を思い浮かべて、
少年時代の空気を感じ、
そのまま置いてみただけでした。

うまく書こうとも、
誰かに届かせようとも、
あまり考えていなかったと思います。

けれど今、
人生の後半に立って、
あの頃の景色を思い返すとき、
不思議と、少し肩の力が抜けます。

頑張らなくてもいいんだ。
急がなくてもいいんだ。

言葉は、
必要なときに、
ちゃんと残るものなのだと、
いまなら分かる気がします。

それを教えてくれたのは、
特別な誰かではなく、
あのとき、
ただ正直に書いていた
自分自身だったのかもしれません。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



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