デフォルト現象
( Default symptom)
File 8.
ショートショート短編集「ゴミ屑の中の研究室」より
渡上 尚
プロローグ
外食産業のデフォルト・コーポレーションは、目まぐるしく変化する消費者嗜好の中、ファストフードチェーンのカスタマイズ・ホールディングスとの顧客情報合戦に立ち遅れ、今や会社創設以来の未曽有の経営危機に陥っていた。
デフォルト・コーポレーションが経営危機に陥った理由には、もう一つ原因があった。社内はデフォルト会長率いる保守派とアドイン社長率いる改革派に、事実上分裂していたからである。幸いメガバンクのD銀行が融資を引き受けることにより、かろうじて会社自らの分裂、崩壊はなんとか免れていた。
緊急事態
2020年プラスX年の12月28日の朝、デフォルト・コーポレーションのデフォルト会長のもとに、社内サーバの顧客情報ネットワークシステムが突然ストップしたという知らせが入ってきた。デフォルト会長は、顧客情報ネットワークシステムの最高統括責任者のアドイン社長を呼んで聞いた。
「なぜこういう事態になったのだ、最悪の場合、我が社の重要企業情報が漏えいした可能性もある……もし、そうなったら……、いずれにしてもだアドイン社長、君の責任問題だぞ!」
「まったく原因がわかりません。突然、社内サーバの顧客情報ネットワークシステムがウンともスンとも反応しなくなったのです……」
「カスタマイズ社は、どうなのだ……」
「カスタマイズ社は、別に何ともないようです。おそらく、我が社だけのようです……」
「それは、いかんじゃないか。この事態をカスタマイズ社の奴らは気づいておるのか?」
「いや、幸い年末年始で、どこも長期休暇に入っており、この非常事態は知られておりません」
「そうか、それはよかった。知っておるのは、私と君だけだな」
「しかし、このままでは、年明け早々には、世界中に知れ渡ってしまい、……もし、そうなったら、会長の責任問題ですよ! タイムリミットは、我が社の年末年始の休暇が終わって、ライバル社も動き出す前日の2021年プラスX年1月3日23時59分59秒までです」
「何とかならんのか!」
デフォルト会長は、苛立ちながらアドイン社長に言った。
「一つだけ、この窮地から脱出する方法があります」
「なんだ、それは……。一刻を争う事態なのだぞ。今は派閥争いしている場合ではない。もったいぶらず、早く言え!」
アドイン社長は、デフォルト会長の耳元で、ひそひそと呟いた。
データ復元・修復ソフト
デフォルト会長とアドイン社長は、ある繁華街の路地裏のゴミ屑の山の前にいた。アドイン社長は、おもむろにそのゴミ屑の山を無造作に蹴とばした。
「誰じゃ。わしの大切な研究室を、破壊する奴は」
ゴミ屑の山から威勢のいい老人らしき男の声が聞こえてきた。
「私は、外食産業のデフォルト・コーポレーション会長のデフォルトです。ケイ博士ですね?」
「そうじゃが、わしは外食産業なんぞに興味はないぞ」
「私は、同じくデフォルト・コーポレーション社長のアドインです。実は、ケイ博士が、T大学の世界的に有名な元教授で、十数年前に退官した後、このゴミ屑の山の研究室で数々の研究開発をしておられることを以前、我が社の顧問弁護士のH氏からきいて訪ねてきました」
「あいつか、まだ、くたばっとらんのか……で、わしに何の用か?」
「実は、私は、我が社の顧客情報ネットワークシステムの最高統括責任者なのですが、我が社の顧客情報ネットワークシステムのサーバが突然、原因不明のシステムダウンを起こしてしまったのです」
「お前さんに落ち度があるのなら、自業自得だろう」
「いや、私には、何の落ち度もないはずです……」
「どうせ、よくあるDDoS攻撃じゃろう。セキュリティーリテラシーの低さが原因じゃな」
「我が社のネットワークシステムは、すべて世界最先端のセキュリティーシステムを使用しています。どんなに狡猾なクラッカーやハッカーでも、手も足も出せません」
「それはどうかな」
「とにかく、来年の1月3日までにシテムを復旧させなければ、世界中にこの事態が知れ渡り、我が社の評価は失落し、世界恐慌が起こってしまいます」
「おぬしの会社の情報システムがダウンしたぐらいで世界恐慌が起こるわけあるまい。その前に、おぬしの会社は、メニューに不当表示とか偽装表示はしておらんのか」
「我が社は、不当表示も偽装表示もしておりません!」
「最近、カスタマイズ社と競いあうように、新規メニューを連発しているようじゃが」
「それもこれも、顧客情報システムで分析したマーケット調査結果によるものです。すべて、お客様の立場に立ったうえでのことです……」
と、アドイン社長が言った。
「それなら、お楽しみクーポン券を無期限にしろ。使おうとしたら、すでに期限切れじゃ……」
と、ケイ博士が言い返した。
「外食産業なんか興味ないと言っていたくせに……。わかりましたよ、何とか対処しましょう。そんな事より、この非常事態を何とかしてもらえるのでしょうか」
アドイン社長が、せっつくように言った。
「できんことはないが、それなりのものを用意してもらわねば……」
ケイ博士が、もったいぶったように言った。
「それは、よく存じております」
アドイン社長は、準備していた大きなトランクを、ゴミ屑の山の前に置いたゴミ屑の中から手が伸びてきて、そのトランクをつかむとゴミ屑の中に取り込んだ。
しばらくしてケイ博士の不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「これっぽちか?」
「そこを何とか、お願いしているのです。ケイ博士のお力添えで、データの修復が成功すれば、倍返し、いや十倍返しのお礼をいたしますので!お約束します……」
そう言いながら二人は、ゴミ屑の山の前で土下座をした。
しばらくして、ゴミ屑の山の中から、ハッピージャンク店の紙袋が飛び出してきた。
「私は、腹は減っていませんよ?」
「その中におぬしの会社の情報システムを修復させる秘密のアイテムが入っておる」
「どうして、こんなライバル社の傘下のハッピージャンク店の紙袋にいれるのですか……」
「世界中に溢れているビッグデータなんか、ジャンクフードのようなものじゃ。意味ある重要な情報は、その中のほんの0.001%に過ぎない。だからと言ってハッピージャンク店の紙袋を侮るなよ。わしのささやかな皮肉じゃ、気にするな」
「我が社の情報データをライバル社のハッピージャンク店と一緒にしないでください。わが社の商品には、カロリー表示、成分表示が、食物アレルギー情報などが詳細に記載してあります。そしてESGを念頭においた経営を常にこころがけている……」
「いちいち、言い訳はよい。とりあえず、その紙袋の中に、チキンナゲット型USBトークンが入っておる。それを使用して、わしの研究室のAIチップ内蔵のスーパーコンピューターにアクセスするのだ。あとは、自動的に『データ復元・修復ソフト』が、おぬしの会社のサーバにインストールされ、世界中のあらゆるデータを収集・分析し、サーバが修復、復元される」
「それは、まさにマルウェイではないですか。我が社としては、そういう不正な情報操作は、断じて行いません」
「所詮、情報は、知らず知らずのうちに共有しているものなのじゃ。自分だけ情報を独占しているというのは、幻想にしかすぎん。重要なのは、どれだけ早く最新の情報を手に入れるかなのじゃ。それに、このソフトは、マルウェイではない、最新の合法的プログラムでつくられておる。心配するな」
「こんなちっぽけなアイテムで、データ修復ができるのですか?」
「じゃあ、やめとくかね……」
「わかりました。では、一刻を争いますので、ありがたく頂戴いたします」
「修復作業が終わったら、そのチキンナゲット型USBトークンは、ちゃんとそのハッピジャンク店の紙袋に入れて返すのじゃぞ」
アドイン社長は、気もそぞろにライバル社のハッピジャンク店の紙袋からチキンナゲット型USBトークンを取り出し、紙袋は丸めてデフォルト会長に渡した。
デフォルト会長は、おちついてその紙袋を路上には捨てずポケットに入れた。
「おい、お礼は、十倍返しだぞ、楽しみにしているからな……」
二人の背後にケイ博士の声が響いていたが、二人には、もはや聞こえていなかった。
誰にも言えない秘密の情報
二人は、デフォルト社の秘密の地下室にいた。
部屋の真ん中のテーブルの上に、パソコンが1台、置かれていた。
「このコンピューターは、独自の回線でインターネットにつながっております。入力されたデータはどこにも漏れることはありませんので、ご安心ください」
アドイン社長が自慢げに言った。
「それは、信用してよいのか……。心配だなあ」
デフォルト会長が、疑い深そうに言った。
「時間が迫っています。迷っている暇はない、始めますよ!」
アドイン社長が、そう叫びながら、チキンナゲット型USBトークンをパソコンに接続した。
モニター画面に入力画面が表示された。
そして、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。
『私はケイ博士の開発した生成AIのレイ子です。今から私の言うように操作してください』
「わかったから、早くしろ」
二人は言った。
『修復するサーバが存在する社名を選んでください』
アドイン社長は、デフォルト・コーポレーションを選んでクリックした。
『あなたがそのサーバにアクセスする権限者である場合、誰にも言えない秘密の情報を入力してください。このソフトウェアーは、その秘密の情報により貴方が本当の権限者であるかどうか判定します』
「なんと、そんな簡単ことで我が社のサーバにアクセスすることができるのか。しかし、誰にも言えない秘密の情報を入力するのはなあ……」
アドイン社長が躊躇していると、後ろからデフォルト会長がせかすように言った。
「何を悩んでいる、何でもいいから、早く入力しろ!」
>○○△××**□□.(Enter)
アドイン社長は、パソコンのモニターを体全体で隠すようにして、ある事を、入力した。
『そんなことは、すでに誰もが知っている情報です。再度、本当に誰もが知らない貴方だけの情報を入力してください』
「ばれたか……」
アドイン社長は、デフォルト会長に絶対に見えないように、パソコンのモニターを体全体で隠して、もう一度、入力した。
>私は、我が社の経営件を会長から奪い取るため、D銀行の融資担当者に追加融資の裏工作をしました.(Enter)
『貴方の誰にも言えない情報を認識しました。貴方をデフォルト・コーポレーションのサーバにアクセス可能な権限者と認めます』
『既定のサーバに接続中です……接続完了……サーバのデータ修復を開始します』
「なんと入力したんだ」
デフォルト会長が、アドイン社長に聞いた。
「それは、いくら会長でも言うわけにはいきません。顧客情報ネットワークシステムの最高統括責任者である私だけの秘密の情報ですから」
『修復終了まで24時間かかります。その間、ご自由にお過ごしくださいませ。なお、データ修復完了後、もう一度、あなた以外のアクセス権限者の秘密の情報入力を求めますので、24時間後には必ずお戻りください』
「よし、これですべて完了だ。24時間後には、我が社のサーバは、元通りに稼働するわけだな。ライバル社にも気づかれておらんし、よかった、よかった」
回復したデータ
そして、24時間が過ぎた。デフォルト会長とアドイン社長は、コンピューターのモニターをじっと見つめていた。
『サーバのデータ修復まで、あと10秒、9秒、……1秒……』
『……修復完了しました』
と、モニターに表示された。
「万歳、成功だ。これで我が社の顧客情報データはもとに戻った」
デフォルト会長が、喜び叫んだ。
『まだですよ。まだ、最後の作業が残っています』
AIレイ子が二人をたしなめるように言った。
そして、モニター画面に入力画面が表示された。
『次の指示に従い、入力をしてください。これは、セキュリティー上、必要不可欠な作業です』
『なお、最初に入力された権限者とは、別の権限者によって入力してください』
『では、さきほど修復したサーバが存在する社名を もう一度、選んでください』
アドイン社長は、もう一人の権限者であるデフォルト会長に入力するよう促した。
デフォルト会長は、デフォルト・コーポレーションを選んでクリックした。
『あなたがそのサーバにアクセスする権限者である場合、誰にも言えない秘密の情報を入力してください。このソフトウェアーは、その秘密の情報により貴方が本当の権限者であるかどうか判定します』
「うむ、最初と同じだな……」
デフォルト会長が躊躇していると、後ろからアドイン社長がせかすように言った。
「何を悩んでいる、何でもいいから、早く入力してくださいよ!」
>**□□△××○○.(Enter)
デフォルト会長は、パソコンのモニターを体全体で隠すようにして、ある事を、入力した。
>そんなことは、すでに誰もが知っている情報です。再度、本当に誰もが知らないあなただけの情報を入力してください.
「なんということだ、私はこのことについては、誰も知らんと思っていたが……」
デフォルト会長は、アドイン社長に絶対に見えないように、パソコンのモニターを体全体で隠して、もう一度、入力した。
>私は、アドイン社長を更迭することを条件に融資を受けるよう、D銀行の社長に裏工作をしました.(Enter)
『貴方の誰にも言えない情報を認識しました。貴方をデフォルト・コーポレーションのサーバにアクセス可能な権限者と認めます』
『以上で、デフォルト・コーポレーションのサーバ内の顧客情報データは、修復、復元しました』
『なお、今回、関与した2名のアクセス権限者の特定の秘密のデータ、および歴史上の事実は情報データとして残りますが、半永久的に保護され公開しませんのでご安心ください』
『なお、ケイ博士への成功報酬を、お忘れなく』
『サイムフリコウの場合、デフォルトとなりますので』
『再度、契約内容をご確認の上,……』
『同意ボタンをクリックしてください』
不幸なことに、二人は、すべて完了したと早とちりし、すでに部屋を出ており、このAIレイ子の説明を聞いていなかった。
当然、同意ボタンのクリックは押さないままになっていた。しばらくして、パソコンのモニター画面の表示が変わった。
>既定の時間内に同意ボタンのクリックがないため、ソフトウェアは停止(デフォルト)しました.
情報公開
2021年プラスX年1月3日の夜、カスタム・ホールディングス社の傘下のハッピージャンク店社長のもとへ、緊急の報告が届いた。世界各地に配置してあるカスタム・ホールディングス社の情報ネットワークが突然、ストップしたという知らせであった。原因は、まったく不明であった。ハッピージャン店社長は、情報ネットワークの責任者を呼んで聞いた。
「どうしたことなんだ。なぜこういう事態になったのだ……」
「私にも、まったく原因がわかりません。今朝になって突然、世界各地からの情報ネットワークが、ウンともスンとも反応しなくなったのです……」
「デフォルト・コーポレーションの情報ネットワークは、どうなのだ……」
「別に何ともないようです。おそらく、我が社だけのようです……わが社の顧客情報が漏えいした可能性も考えられます!」
「それは、いかんじゃないか。この事態をデフォルト社は気づいておるのか?」
「いや、まだ気づいてないようです。社内の派閥争いで忙しいようです」
「そうか、それはよかった。知っておるのは、私と君だけだな」
「しかし、世間が気付くのは時間の問題です。明日の朝には、世界中に知れ渡ってしまい我が社の商品の信用はいっきに失墜してしまいます」
「何とかならんのか」
「一つだけ、この窮地から脱出する方法があります」
「なんだ、それは……。一刻を争う事態なのだぞ。もったいぶらず、早く言え!」
「それは、ただ一つ。誠意をもって、真実を情報公開することです!」
「よし、わかった。会社にとって、不都合な真実を秘密にすることはあってはならないということだな。私がすべての責任をとろう!」
エピローグ
D銀行の社長は、融資担当の責任者を呼んで静かに言った。
「とにかく、デフォルト・コーポレーションへの融資の件は、白紙(デフォルト)に戻そう……」
「我が社の傘下にいれる拡張(アドイン)計画の件は、いかがいたしましょうか」
「それも、中止するのが普通(デフォ)だろう」
「わかりました」
「あっ、その代わり、年明け早々依頼のあった、カスタム・ホールディングス社のハッピージャンク店への顧客情報ネットワーク修復にかかわる融資計画の方を進めてくれたまえ……」
(*) D銀行の社長とケイ博士は、旧知の友人で二人ともハッピージャンクの推しだった。
ハッピージャンクの紙袋には、派手なデザインの片隅に小さな字でこう記されていた。
「あなたの好きは、デフォです」
(あたりまえですが、これはすべてフィクションであり、登場人物、会社等の名称、科学・経済理論は架空のものです)
