海馬の沈黙
一日だけ記憶を失った友人がいる。
「そんなことってあるの??」思わず聞いたが、彼女はいつも通り涼やかに微笑んでいる。
「わたし、おかしいの!」
自身に何らかの異変を感じてすぐに旦那さんの携帯に連絡を入れた、らしい。旦那さんから聞かされた話をそのまま私にひと事のように伝えているが本人の記憶はない。
旦那さんは電話口の彼女の様子が尋常じゃなかったので即帰宅し救急の手配をした。診断は、「海馬が一日働かなかった」。
海馬というのは脳の中にあって新しい記憶を一時的に留め置く場所で、タツノオトシゴに似た形をしているそうで。彼女のその日の記憶が復元されることは永遠にないそうだ。そもそも脳が記録してないのだから。
彼女はあっけらかんと永遠に忘れた一日があることを語る。全然困ってない。
