忘れられた桑畑
「道草を食う」という言葉があるが、幼い頃の私は、この言葉を文字通り「道中に生えている草花を食べる」という意味だと思っていた。実際、花の蜜を吸うのは楽しみだった。
中でも、桑の実は美味しかった。通学路は鬱蒼とした桑畑の中を通る。黒っぽく熟した桑の実を摘んで食べる。バレないように注意して食べたつもりなのに、帰宅すると笑われた。唇が赤く染まるからだ。
なぜ桑畑だらけなのかといえば、この辺りは養蚕が盛んだったからだ。桑の枝を一輪車や軽トラに積み上げて運んでいたおじさんおばさんたちのことをうっすら記憶している。そして、なぜ「鬱蒼」としていたかといえば、私が小学生の頃はすでに養蚕を辞める家が多かったからだ。鬱蒼とした桑畑はそのうちに果樹園や団地になった。
私の家もかつては養蚕をやっていたらしいが、私が物心ついた頃にはすでに辞めていた。桑畑はただの畑になっていたが、隅に一本だけ桑の木が残してあった。
初夏、両親はこの桑の木から実を収穫し、大鍋いっぱいにジャムを煮た。ジャム用の瓶を購入し、自分たちでラベルも印刷して貼り付け、桑の実ジャムをあちこちに配っていた。懐かしい、珍しいと喜ばれていた。私も楽しみだった。
さて、それから何十年も経過した。私は先日、この桑の木を伐採した。実際に伐採してくださったのは専門の方だ。本当に苦渋の決断だった。
なんとまあ、もったいない。素晴らしい桑の木だったのに。
桑の木のまわりに住宅が増えた。落ち葉が周りのお宅の庭先に入り込むのは申し訳なかった。
ここ数年、春先は天候不順である。花芽がやられてしまうのか、実の収穫が難しくなってきた。子どもの時のようにちょっと摘んで食べるくらいはできる。でもジャム用に大量に収穫することが年々難しくなってきた。
とどめは昨年の夏である。アメリカシロヒトリが大量発生した。近所に生えていた桑の木は、アメリカシロヒトリにやられて丸裸になってしまった。我が家も消毒したり、幼虫がいる葉を切り取って処分したりと頑張ったが、桑の木が大きすぎて取り切れない。なぜ鳥たちはこの害虫を食べてくれないのだろう。他の木にも被害がおよんだら困る。他の家の庭木にまで被害が出たら困る。
これはもう潮時である。しょんぼりしながら伐採をお願いした。
両親は冷静だった。前々から伐採したがっていた。もう実もならないし、ご近所迷惑になってしまっている。仕方がないだろうと言う。
夫も冷静だった。アメリカシロヒトリには敵わないと言う。
娘はちょっと寂しそうだった。もう桑の実は食べられないのかと言う。
県外に進学した息子は……どう思うんだろう?
かつてあっちの畑も、こっちの畑も、あの団地も全部桑畑だったのだ。その名残であちこちにちょっとずつ生えていた桑の木は、少しずつ消えていく。桑の木は忘れられてしまう。以前は、我が家の桑の葉を学校の教材用にもらっていく小学校の先生がいた。学校で蚕を飼っていたのだ。そういうこともなくなっていくだろう。
まあ、そうはいっても何もなくなったわけではない。桑の伐採を引き受けてくれた業者さんの話だと、もしかすると切り株から芽がでてくるかもしれないという。それを期待して、切り株を見ている。
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