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新創刊への道その二十三。3月31日大安の創刊は運命的なのだ

いよいよ大詰めの作業中だ。苦しくも楽しい日々で、もう数日で最高のおもちゃを手放さなければならない。

ブロミュージシャンを目指した中坊

情報解禁日を25日の友引に設定した。そして発売日が31日のやはり友引で、ちなみに本日も友引である。バカバカしい話だが、こと始めを大安か友引にするのはずいぶん昔からの習慣である。今回、3月31日に発売日を設定できたのは、友引だけでなく大きな意味がある記念日なのがうれしい。

極めて個人的な話でもあるが、この記念日がなければ創刊はないと断言できてしまう。45年前の昭和56年3月31日、夜のことだった。6人のバカ者たちは古いシーツに缶スプレーで日の丸を作り、それぞれが名前を太いマジックで自署した。

この仰々しい儀式で誓ったのは、「プロミュージシャンになる」だった。荒川区立第一中学校の同級生で、この日が中学生としての最終日だからと、人生初のライブを開催したのだ。と、なんの話だとなりますな。まあまあ、聞いておくんなせえ。

ライブと雑誌はまるで一緒

この日より、血が入れ替わったように音楽に精進した。それまでもサルのオナニーのごとしだったが、真剣度が増した。やがてオリジナルを作るようになる。初めはもちろんなっちゃない作品ばかりで、今聴いたら顔から火を吹出すだろう。だが1曲、また1曲と書き上げるうちに格段にレベルが上がっていく。その原曲に対して、メンバーで意見を出し合って楽曲として完成させるのだが、作者のイメージからどんどん離れていくことがある。激論になったりもするが、イメージから遠いことが必ずしも悪くはならない。むしろよくなる方が圧倒的に多い。

仕上がった曲たちでストーリーを作るように、1本のライブを作る込む。セットリストなるもので、この工程の全てが雑誌ライクなのだ。仲間たちと、あーでもないこーでもないとアレンジしながらページを作り上げて、最高の劇場になるように前後を決め込んでいく。今回だと132ページを使って、最高のセットリストを作る。

人生で一番多感な頃に、音楽作りに没頭したことでこの作業が好きになれた。寝袋暮らしも酒が飲めない夜も、雑誌を作っていれば我慢できる仕事マゾになれた。立派な変態になった起点が、昭和56年の3月31日なのだ。45年を経て、この日に創刊するのは運命的である。と、言わせていただきました。

極めて個人的な話だったが、倒産で失った雑誌を再び生み出す。しかもふた回りめの人生が始まった還暦男がだ。さあさあ、作業に戻りたまえ。まだまだ作業は山積しておるぞ!!

今も現役ミュージシャンさ。売れないけれど。
この写真は2度目の登場で恐縮ながら、
去年の暮れのライブリハカットで、なぜか本番写真がない

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