新創刊への道その二十五。本日めでたき締切日にて、3月31日よりの新しい旅へと向かう
ふーーーーーっ、ほぼ終わった。印刷所に渡すデータに仕上げるアンカーたちが、黙々と作業を続けている渦中だが、編集領域の作業は終えた。時折、印刷所に託す最終データの確認が作業として残っているだけだ。
何日泊り込んだだろう?
いやはや、それにしても凄まじい作業だった。表紙周りを合わせて132ページで構成された1冊だ。おかげさまで広告が8ページあるから124ページを作りチェックをして、校了までなんとかもっていけた。
本当に久しぶりの雑誌創刊だった。なんだか変な話、夢の中にいる気分である。覚めてほしくない。これほどの夢心地ってのは、人生で味わったことがない。やっぱり雑誌の仕事が好きだなと再認識した日々だった。何日泊り込んでも苦にならない。
思い通りにいかないことや、逆に想定以上の原稿が上がってきたりと、雑誌作りは運も多分に影響する。そしてやはり、編集長の実力が滲み出てしまうのだ。編集、ライター、カメラマン、デザイナー、そして協力スタッフたちを引っ掻き集めて、それぞれが力を発揮してもらえるように導かなければならない。その点ではすでに反省していたりもするし、よくやったという部分も多くある。100点満点は生涯ありえないのだろうが、自分の時間を目一杯注ぎ込めたという点ではおおいに褒めている。
結界を作って呼び寄せる
ある人が、『還暦維新』は世界初の還暦専門誌だと言ってくれた。確かに、世代として高齢者向けは山ほどあるが、ズバリ還暦としているのは潔い。そうか、うちはライフスタイル誌でなく専門誌なのだ。かつて尊敬していたホンダマンが、うちが次々と創刊させるバイク雑誌に驚愕しながら、カテゴライザーと呼んでくれた。これはとってもうれしい褒め言葉であり、マイワークスのコンセプトでもある。結界を作って熱を吹き込む。すると興奮と感動、ありえなかったコミュニケーションが創造される。これは口癖だ。
昭和を愛する方々の結界を『昭和びと秘密基地』としている。そのシンボルとしての活動が『昭和100周年祭』である。ここに新たなシンボルとして、雑誌版の『還暦維新』が加わるのだ。表紙に冠した「R55+」は今年の流行語大賞になるわけ(!?)だが、この年齢層は昭和を愛している方が多い。そのまま『昭和びと秘密基地』のメンバーとなりうる。結界の三段活用がここに完成するのだ。ゆえにこの創刊は意義が大きく、『昭和100周年祭』と両輪で結界を強固にしていくのだ。
さてこれよりは、完全なる余談でござる。今日のこのよき日が、『note』連続300日とぶつかった。では『昭和びと秘密基地』はどうかといえば、1133日連続で、なんだか王さんと長嶋さんが2人ずついるかのようでめでたい。1、3、7、8ってなんかいいじゃない。今の業界への入り口となった会社名は三和企画だったし、誕生日は31日だし、発売日も3月31日だし。偶然ながら気分がよろしいったらない。と、大変失礼しました。

