第2回|7つの習慣[対話編]|好奇心という炎|チ。-地球の運動について-第1弾
処刑前日の言葉

こんにちは、Haoパパです。
最近、『チ。-地球の運動について-』という漫画を読みました。
中世ヨーロッパを舞台に、地動説を探求する人々の物語です。
この作品、様々な名言・名シーンがあるのですが・・・今日はその一部を取り上げてみます。
第1部の主人公ラファウが処刑される前日、異端審問官ノヴァクに向けて放った言葉
「敵は手強いですよ あなた方が相手にしてるのは僕じゃない 異端者でもない。ある種の想像力であり、好奇心であり逸脱で他者で外部で・・・畢竟(ひっきょう)、それは知性だ。あれは流行り病のように増殖する。宿主さえ制御不能だ。一組織が手懐けられる程かわいげのある物じゃない。」(『チ。-地球の運動について-』第1部より)
感動が繋ぐもの
かつて上司から「感動で人は変わらない。行動の積み重ねで変わるんだ」と言われたことがあります。確かに、感動だけでは何も変わらない。でも、この作品に触れて思ったのは、感動には人の思いを繋いでいく力があるということです。
ラファウの言葉は、知性や好奇心は誰にも止められないと告げています。それは、次の誰かへ、また次の誰かへと受け継がれていく。命をかけてまで追い求めた彼の姿に、なぜか勇気をもらっている自分がいました。同時に、自分は守りに入ってしまっているのではないかという反省も生まれました。
内側から湧き上がる声
このとき、ふと浮かんだのが『7つの習慣』の「主体的である」という言葉でした。主体性とは、刺激と反応の間で自分の反応を選択する力です。
そして、その選択を動かすのは、自分の内側から湧き上がる声──好奇心や探求心、「知りたい」「良くなりたい」という想いです。
7つの習慣シリーズの書籍に「第8の習慣~効果性から偉大さへ~」があり、
その中でも内なる声「ボイス」については、深く言及されています。
どれだけ他者が止めようとしても、内側から出てくるものは誰にも止められない。
止めているとすれば、それは自分自身です。
ラファウの言葉は、「知性は制御不能だ」と言いました。それは、人間の内側にある本質的な力を信じている言葉のように聞こえました。そして同時に、自分自身に問いかけるきっかけにもなりました。

自分への問い
私は、自分自身のミッション通りに生き、他人から何を言われようと、されようと、その道を歩むことができているだろうか。その道を歩めているのなら、いつ死んでも後悔はないと言えるだろうか。
ちょっと大げさすぎるでしょうか・・・でも、この問いを持ち続けることそのものが、おそらく主体的な生き方なのだろうと、今は思っています。
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関連する習慣や原則
第1の習慣:主体的である
基本原則:刺激と反応の間
第2の習慣:終わりを思い描くことから始める(ミッション)
基本原則:インサイドアウト
