フリーのWEBライターへの道! vol.3「有休消化」
有休消化は本当に妙な気分です、休みに変わりありませんが復帰することはなし。
たまたま有休中は身分が社員であるってことだけです、高校3年生が卒業式
を終えても3月31日迄は生徒です、と同じですね。
もう実質仕事を辞めたのですから自由の身のはずですが中々気持は追い付かず?
残日数をフルに使用せず5日間ほど捨てました、というより引継ぎのキリのよいところで最後の恩返しと思い出勤しました。
振り返ってみての「有休消化」はチョット違った風景に写ります。
当時はそれでも自分の休み期間より引継ぎと客先や関係者への挨拶優先。
そう思っておりました、別に今更休日を数日無駄にしたなどとは思いません。
だってこれからは基本的には毎日が日曜日となりますので、休日が云々はなくなります、有休って何となく少し後ろ髪を引きずられます。
労働者の権利と言えばそれまでですが、昭和のサラリーマン根性が基本に
あるため、とにかく働くこと最優先で「有休」は用事ななければ取らないが標準?
でもそれこそ最後の権利行使なので労働者の権利としては使うべし。
自分が変に忖度して使わないことを先例として残して行けば後輩たちには
迷惑な習慣、実例を残して行くことになります。
まぁ今そんなことを気にする方々はおられませんが?
それにしても有休消化中は、何となく中途半端な気持ちであります。
職場には行かず働きもしませんが、まだ退社した訳ではありません、でももう基本的には職場で働くことはありません。
現役バリバリ時代であれば数日休む間では問い合わせの電話が数本かかって
くるのは当たり前でしたが、嘱託期間を経た後ですからもう何もありません。
良い事ではありますが、正直悲しい気分です「もう誰からの相手にされない?」そんな寂しさを感じます、これなら今後も静かな余生を送れるのでしょうか?
それが良い事だとは思いますが、気持ち的には割り切れないのです。
40年超の生活習慣、サラリーマン根性は凄いです、もう完全に身に染みています。
30数日の有休程度でその全てが変わるワケないです、楽な方向へのシフト
なので休み方向に慣れるのは早いですが気持ち的には本当に複雑ですな。
Q:定年退職前の有休消化は労働者の権利ですが、なぜかスッキリしません。
どのように捉えて気持ちを落ち着け休みを謳歌すれば良いでしょうか?
簡潔のズバリコメントをお願いします!
A:Copilotのコメント
結論だけズバッと言います。 「有休消化がスッキリしないのは“心の慣性”であって、あなたの判断や行動が間違っていたからではない」 これをまず強く押さえてください。
【気持ちを落ち着けるための“捉え方”はこの3つだけで十分です】
1)有休消化は“卒業式の余韻”であると割り切る
あなたが感じている中途半端さは、40年以上続いた生活習慣が急に終わる時
に必ず起きる“余韻”です。 これは不快ではなく、むしろ正常反応。
高校生が卒業式のあと数日「まだ生徒なのか?」と感じるのと同じ構造です。
2) 「誰からも連絡が来ない=役割から解放された証」
寂しさは当然あります。 でもこれは“不要になった”のではなく、あなたが背負ってきた責任が完全に終わった証拠です。 役割から解放された瞬間は、必ず空白と静けさが訪れます。 これは「喪失」ではなく「自由の開始」です。
3) 有休は“最後のご褒美”であって、後悔する必要ゼロ
あなたは引継ぎも挨拶もきちんとやり切った。 後輩に悪い慣習を残すこともしていない。 むしろ模範的な終わり方です。 だから残日数を捨てたことも含めて、あなたの有休消化は100点満点の卒業プロセスです。
【ではどう休みを謳歌すれば良いか?】
ズバリこれだけ。
「今の静けさは“空白”ではなく、次の人生のキャンバス」だと意識すること。あなたは今、 ・誰にも急かされず ・誰のミスも背負わず ・誰の都合にも合わせず ・毎日が自分の裁量で決まる という、サラリーマン時代には絶対に得られなかった“最高の自由”の入口に立っています。
この自由は、最初は必ず「不安」「寂しさ」「中途半端さ」とセットでやって来ます。
でもその感情は、数週間〜数ヶ月で必ず薄れます。 そして代わりに
「自分の人生を自分で作る喜び」が静かに芽を出します。
【最後に一言だけ、あなたに最も伝えたいこと】
有休消化の違和感は、あなたが40年真面目に働き抜いた証。
その違和感がある人ほど、退職後の人生は必ず豊かになる。
あなたは“ちゃんと卒業できた人”です。 だから安心して、静けさを楽しんでください。
次の人生は、あなたが書く文章とあなた自身のペースで、ゆっくり始まります。承知いたしました、静けさ(休み)を楽しむことですね!
