参議院「一票の格差」3.03倍を「合憲」とした最高裁大法廷判決 ― 投票価値の平等をどう考えるか(宇賀克也判事は違憲・無効の反対意見)
事件概要
2022年(令和4年)7月10日、参議院議員通常選挙の投票が全国で行われた。だが、投じられた一票の「重さ」は、住む場所によって同じではなかった。議員一人あたりの有権者数が最も少ない選挙区と最も多い選挙区とでは、その開きが3.03倍に達していた。都会の一票が、地方の一票の三分の一ほどにしか届かない――。この不均衡は憲法が定める「法の下の平等」に反するのではないか。そう考えた人々が、選挙の無効を求めて各地の裁判所に訴えを起こした。
判決概要
2023年(令和5年)10月18日、最高裁判所大法廷は、戸倉三郎裁判長のもとで、この問いに答えを示した。結論は上告棄却――投票価値の不均衡は「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態」には至っていない、すなわち合憲、というものだった。ただし判断は一枚岩ではない。宇賀克也裁判官は「違憲であり選挙は無効」とする反対意見を述べ、三浦守・尾島明の両裁判官は「違憲状態にある」との意見を付した。同じ数字を前に、法廷のなかで景色は分かれた。
争点
争点は、突きつめれば一点に収れんする。3.03倍という開きは、憲法が許容する範囲を超えて「著しい不平等状態」――いわゆる違憲状態に――至っていたのかどうか、である。
投票価値の平等は、国民主権を支える土台とされる。理屈のうえでは、一人の一票はどこであっても等しく一票であるべきだ。だが参議院には、独特の事情が絡みついてきた。三年ごとに半数が入れ替わる仕組み、そして長らく都道府県を単位として議員を選んできた歴史である。人口は都市へと流れ、地方は細っていく。その現実のなかで、都道府県という区割りを保ちながら一票の重さをそろえることは、容易ではなかった。国会に与えられた広い裁量を尊重すべきなのか、それとも平等の要請をどこまでも貫くべきなのか。判断を分ける鍵は、まさにその境目にあった。
経緯
物語の起点は、半世紀ほど前にさかのぼる。1976年(昭和51年)4月14日、最高裁大法廷は、衆議院議員選挙をめぐって初めて「違憲」の二文字を口にした。1972年の総選挙で、一票の重さの開きがおよそ五対一にまで広がっていたことを、憲法違反と断じたのである。もっとも、最高裁は選挙そのものを無効にはしなかった。無効としてしまえば、その選挙で選ばれた議員が定めた法律まで揺らいでしまう――そうした混乱を避けるため、「事情判決の法理」と呼ばれる知恵を用い、「違法だが有効」という、いわば苦い折衷の答えを選んだ。この日から、一票の格差をめぐる長い攻防が始まった。
参議院の道のりは、衆議院にもまして険しかった。かつては一票の開きが五倍、六倍という水準で常態化していた時期もあったと伝えられる。議員一人を選ぶのに、ある県では百万人を要し、別の県では十数万人で足りる。そんな不均衡を前に、最高裁はたびたび「違憲状態」という警告を発してきた。合憲と違憲のあいだに置かれたこの中間の言葉は、「いますぐ無効とはしないが、このまま放置は許されない」という、司法から立法への静かな督促でもあった。
流れが動いたのは、二〇一〇年代のなかばである。度重なる警告を受け、国会はついに県境をまたぐ「合区」に踏み切った。鳥取県と島根県、徳島県と高知県――それぞれ二つの県をひとつの選挙区にまとめ、格差の縮小を図ったのだ。数字のうえで開きは小さくなった。だが、そこには別の痛みも生まれた。合区された県では「自分たちの代表がいなくなる」という声が上がり、投票率の落ち込みや無効票の増加も指摘された。平等を求める算術と、地域が地域として声を持ちたいという願いとが、正面からぶつかり合った。
そして時は流れ、2019年の参院選では開きが3.00倍、2022年の参院選では3.03倍となった。かつての五倍、六倍を思えば、格差は確かに縮んでいる。けれど、三倍を超える開きが依然として残ることも、また事実だった。合区という劇薬を用いてなお、平等はここまでしか届かないのか。それとも、三倍という水準はもはや許容の限界を越えているのか。積み重ねられた歳月と、幾度も繰り返された警告の記憶を背負って、事件はふたたび最高裁大法廷へと運ばれていった。
判断の理由
多数意見は、国会の裁量に重きを置いた。参議院の選挙制度をどう設計するかは、国会の広い裁量に委ねられている。合区という思い切った手段を導入し、格差を縮める努力が続けられてきた経緯もある。都道府県を単位として代表を選んできた仕組みを一朝一夕に組み替えることは難しく、拙速な変更はかえって混乱を招きかねない。こうした事情を踏まえれば、3.03倍という開きは、憲法違反の問題が生じるほどの「著しい不平等状態」には至っていない――多数意見はそう評価し、上告を退けた。ただし判決は、そこに厳しい付言も添えている。さらなる格差の是正は「喫緊の課題」であり、選挙制度の抜本的な見直しを含め、広く国民の理解を得られる立法措置が求められる、と。
もっとも、法廷のなかには異なる音色が響いていた。三浦守裁判官と尾島明裁判官は、投票価値の不均衡はすでに「違憲状態」に達しているとの意見を述べた。結論としては選挙を無効としない多数の判断に賛同しながらも、現状をこのまま合憲と言い切ることへのためらいを、はっきりと言葉にしたのである。草野耕一裁判官は、格差の程度を測る物差しとしてジニ係数という統計の手法を持ち出し、独自の分析を示したうえで結論に加わった。
最も強く異を唱えたのは、宇賀克也裁判官だった。反対意見である。宇賀裁判官は、本件の定数配分は「遺憾ながら違憲といわざるを得ない」と述べ、多数意見が拠り所とした事情判決の枠組みをも退けて、「選挙は無効である」とまで踏み込んだ。ただし、無効の効果はただちにではなく、判決から二年後に発生させるべきだとした。投票価値の平等は国民主権の基盤であり、参議院であっても等しい一票が保障されなければならない――三倍を超える選挙区がなお残り、その地域の有権者が全体の二割を超える現状を、宇賀裁判官は看過できないものと見た。合憲、違憲状態、違憲――ひとつの数字の前に、司法の判断は虹のように分かれていった。
社会的反応
この判決は、投票価値の平等という民主主義の根幹に関わる問題を、最高裁がどう位置づけたのかを示すものとして、広く報じられた。合憲という結論そのものは、近年の参院選をめぐる一連の判断の流れに沿うものだったが、多数意見が付した「喫緊の課題」という言葉の重さに、注目が集まった。合憲でありながら、なお是正を強く促す――その二重のメッセージを、社会はどう受けとめるべきかが問われた。
投票価値の平等を求めて全国で訴訟を続けてきた弁護士のグループからは、司法がまたも抜本的な是正に踏み込まなかったことへの落胆の声が伝えられた。一方で、地方に暮らす人々からは、これ以上の合区は地域の声を消してしまうのではないかという懸念も根強い。数の平等を突きつめれば地方の代表は細り、地域の代表性を守ろうとすれば一票の重さはそろわない。判決が下されたあとも、そのあいだで揺れる問いは、行き場を失ったまま社会に残されている。
論点
・「一人の一票はどこでも等しく一票であるべきだ」という平等の理想と、「地域にはそれぞれ代表が必要だ」という要請。三倍を超える開きを前に、あなたはどちらにより重きを置くか。
・多数意見が拠り所とした国会の「広い裁量」は、投票価値の平等という原則をどこまで後退させてよいものなのか。
・合憲としながら「喫緊の課題」と是正を促す判決は、立法府への警告として十分に機能しているといえるか。それとも警告は繰り返されるだけなのか。
・「違憲・無効」とまで踏み込んだ宇賀裁判官の反対意見と、なお合憲とした多数意見。国民審査で裁判官を見つめるとき、この分かれ道はどう受けとめられるべきか。
・都道府県という単位を守ることと、一票の重さをそろえること。両立が難しいとき、参議院という場は本来どうあるべきなのか。
注記
本記事は、最高裁判所が公表している判決文(令和5年〈行ツ〉第54号 選挙無効請求事件・令和5年10月18日大法廷判決)および複数の報道機関による報道内容にもとづき、中立的に整理したものです。特定の結論や裁判官個人の評価を主張するものではなく、国民審査や社会的な議論のための参考素材として提供しています。裁判官の意見の内訳や個別意見の要旨は判決文および報道に依拠していますが、細部については判決全文をご確認ください。判決全文は最高裁判所ウェブサイトで公開されています(https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-92430.pdf )。
