【短編小説(軽BL)】ゾンビになった後 5000字
出来がいまいち注意。修正用メモ:風景に振り切る。
[HL:ゾンビになったって好きでいたい]
目の前に和樹がいた。
けどそれはもう以前の和樹じゃなかった。僕は和樹を椅子に縛り付けている。缶詰を開けて、暴れるその口に運んで。
和樹の服はボロボロで、全体的に変な臭いがする。なにかもごもごと音を出しているけれど、すでにただの唸り声にしか聞こえなかった。
僕は和樹を隠している。この小さな倉庫に。
ちょうど12日と6時間前、世界はくっきりと2つに分かれてしまった。もう戻る事なんてないのに。
何がその始まりなのかはよくわからない。
気が付いたら僕の世界では、人と人じゃないもの、いわゆる人とゾンビに二分されていた。ゾンビは世界で同時多発的に発生し、最初の報道から6時間で世界は機能不全に陥って、人は実際、ほぼ滅んだと思う。既に町にゾンビ以外の人影は見なくなった。だから他に、生きてる人間はいないんだ。
あの日、僕と和樹は丁度下校中だった。ゾンビが徘徊する世界になるなんて夢にも思っていなかった。夏休み直前のありふれていた最期の日常で、どこからか響く大きなアブラゼミの声と丁度全てを焼けつくすように暑い日差しが僕らの前に降り注いでいた。
「もうすぐ大会だろ?」
その言葉はこの時期の定型文で、和樹は野球部でレフトだった。
「あーうん。っていってもまた初戦敗退だし」
僕らの高校は中途半端な進学校で、あまり部活は真面目じゃない。だから和樹にはこの二年の夏が最後の試合。けれど和樹以外の人間にとってはどこか勉強に入る前の最期の娯楽じみていた。きっと負けても、そう気にしないのだろう。けどそれなりに付き合いが長い和樹はちゃんと野球が好きなことは知っている。長い中断の後にせっかく再開した野球だけど、チーム戦だから現状に納得せざるを得なくって、その初戦敗退という言葉には悔しさが少し混じっていた。
「周平は? 放送部もなんかあるんだろ?」
「ああ、一応大会はあるけど俺は出ない」
「そっか、周平の声、結構すきなんだけどな」
その何気ない言葉に詰まる。多分それだけの意味しかないんだろう。そんなことはわかってた。意味がないなんて。本当に。だから空を見上げた。僕にもよくわからない何かを隠すために。
「僕は大会とか興味ない。それにあれは声の良し悪しだけが評価されるわけじゃないしな」
放送部に入ったのは楽そうだったから。実際は運動会や昼の時間なんかで結構バタバタと忙しかった。だから文化部のわりに僕の帰りは少々遅く、運動部のわりに和樹の帰りは少々早くて、こんな風に帰り道でばったり会う、なんてことはままあった。
突然、世界を引き裂くようにサイレンが響く。
「なんだこの音」
夏の夕方、キョロキョロする和樹の後ろの空はまだ明るくて、遠くに入道雲が見える。雨雲もない。ゲリラ豪雨でサイレンが響いたこともないけれど、ともかく僕はその初めて聞く耳をつんざく尖った音に頭を抱えた。
「防災訓練とか?」
がちゃがちゃという音の後に声が響く。
「緊急警報です。疫病が発生しました。家に閉じこもって外に出ないでください」
和樹はわかりやすく口をへの字に曲げた。
「疫病? またコロナみたいな?」
「そうなら和樹、また試合出れないのか」
「ざけんな。これ以上好き勝手されてたまるか」
僕らの青春のうちの1年間はコロナのせいで全壊して、そっから2年ばかりは半壊した。今ようやく、どこにでもいけるようになったところだ。
特に和樹は野球の練習もままならなかったはずで、だからこんな野球部でも真面目に練習していて、試合を楽しみにしていた。
「バックレんぞ」
和樹の声には怒りが滲む。
「え?」
「ここにいると大人に見つかって閉じ込められるかもしれないだろ」
乱暴に呟いて、和樹は立ち尽くしていた僕の手首をつかんで走り出す。
「どこ行くんだよ」
「さぁ、どこだかな。人のいない場所」
ぶつぶつ怒りを漏らす和樹に引っ張られ、足をもつれさせながら道に飛び込み、川沿いを進み、いつしか海にたどり着いていた。随分昔に見た海は、何故だか記憶と変わらなかった。
「海ってこんなに近かったのか。久しぶりだなぁ。幼稚園ぶりかも」
「俺も」
海なんてずっといけないまま、行く習慣がなくなっていた。歩けばスニーカーの間にざりざりと砂が入り込む。そういえば海はビーチサンダルだ。そう思いながら砂浜を歩いて、いつのまにか手をつないでいたことに気が付いて、慌てて離す。
「青い海、白い砂浜、えっと」
何かをごまかすために口から出た声に和樹は首を傾げる。
「白い雲?」
「そうそう確か。……それにしても誰もいないな」
広い砂浜を見渡しても無人で、僕と和樹しかいなかった。
誰もいないのはもともと過疎ってたからなのか、それともサイレンで引き上げたのか。ただザァザァと行きつ戻りつする波の音が響き、チリチリと陽が皮膚を焼く。日陰を探して鍵のあいた古い倉庫を見つけて潜り込む。誇りっぽく、ブイやカラーコーン、サーフボードなんかがごっちゃに収納されていた。
「なんか秘密基地みたいだな」
なんだか子供っぽいなと思えば和樹の手が伸びる。
「スマホ貸せ」
「なんで?」
渡せば、電源が切られた。
「どうせジャンジャン親とか先生から電話かかって来るだろ」
「……まあね」
「本当にまたコロナみたいなやつだったら、また1年くらい会えなくなる」「そうかも」
1年。それは僕らにとって結構長い期間。ビデオ通話とかで話すことはできても、会うことができないと存在が希薄になってしまう。久しぶりにリアルで会った和樹とはどこかギクシャクしていて、けどやっとまともになってきたところだったのに。
木枠を敷いてそこに座り込んで外を眺めれば、暗い倉庫の入口で切り取られた四角い海は、くっきりと空色、紺、白にわかれていた。横切るものと言えばカモメくらいで、青とモノトーンの世界はなんだか現実味がない。
「いつまでここにいるつもり?」
「さあな。腹が減るまで?」
「また……ずっと会えないのかな」
「さぁ」
「和樹は心配されるだろ」
「そうかもな」
少し不貞腐れたような言葉に、不安が募る。僕らは諦めることに慣れている。数年前のあの時も、ある日突然僕らには理解できない理由で家から出れなくなった。友達に会えない。病気の可能性。理解は……計算すればできなくはない。けれど理解できなくたってそれは変わらないんだ。僕らの意思とはまるで関係なく学校が休みになったあの日、1年も会えなくなるとは思わなかった。和樹の家は特殊に厳格で、真実1年間ほど外に出してもらえなかったそうだ。その間、和樹は他の人間より多くを失った。
会えなくなるっていうなら、きっと、そうなってしまうんだろう。また。さっきみたいに手をつなぐことはできない。手、か。そもそもつないだことはなかったけど、何故だかあんまり違和感はなかった。何故だろう。
けれど今は隣にいる。
けど、だから何だっていうんだ。
「まあもしまた会えなくなってもさ、何かが終わったらまた会おうよ。電話もするし」
「俺はもう閉じ込められたくはない。閉じ込められるくらいなら」
くらいなら。その先は聞けなかった。僕らはまだ子どもで、厳戒態勢っていうのが敷かれてしまうと働くこともできない。つまり生きていけない。
「じゃあ捕まるまで逃げちゃおうか」
和樹はぽかんと僕を見る。
「正気かよ」
「あんまり正気じゃないかもな。けどどうせ捕まるんだ。1年閉じ込められるなら、1,2日くらいなんてことない。どこかに避難して、スマホの電池が切れてたことにすればいいじゃん」
和樹はフゥと息を吐き、困ったように僕を見る。
「案外大胆なのな。まあ確かに、次はいつ出られるかわからないし」
けれど再び眉をよせ、何かを悩むように顎をさする。
「そう、だな。次はいつ出られるかわかんないんだ」
「でもスマホは通じるよ」
「いやそういうことじゃなくて」
じっと目を閉じる和樹は、なんだかやけに自信がなさげだ。いつもはあんなに堂々としてるのに。そうしてまっすぐ、僕を見つめた。
「俺はお前と一緒にいたいんだよ」
「うん? 一緒にいるじゃん」
「通話とかじゃなくてさ。通話って色々欠けるから。1年てすげぇ長いのな。どうしていいかわかんないくらい」
欠ける。その意味はなんとなくはわかる。ビデオ通話をしても隔たりがあって、一緒にいる感じはあんまりしないんだ。いつのまにか重なっていた手のように温度を感じることはない。けど和樹の言葉はいまいち、どういう意味か測りかねた。けれどもなんだか、いたたまれなくなった。
そうしてガタリと音がして、ぽかりと開いた入口に人影が差したことに少しだけホッとした。
「すいません、今出ますから」
和樹はそう呟いて立ち上がり、入って来た男に押し倒された。
「ちょっと、何するんですか、痛ッ」
「おい。あんた何してる!」
男を引きはがそうとして手が滑る。その瞬間強い血の匂いが漂い、男の腕がもげた。
「うわっ。一体なんなんだ!」
非現実的。さきほどから続いていた非現実は急に現実に反転して、咄嗟にその辺に転がっていたパイプ椅子で殴りつける。男はぐらりとゆらぎ、再び和樹に向かい、夢中で何度も殴りつけて頭部がひしゃぎ、ようやく動かなくなる。
「なん、なんだ、これ」
「それより和樹、大丈夫か?」
「……足を挫いた」
ぜえぜえと息を吐く和樹に手をかし、改めて目の前の男を見つめる。俺が殴った頭以外にも背中に大きく怪我をして内臓のようなものがのぞき……正直生きているとは思えない。まるで死人みたいだ。
「こいつ、なんで襲って来たんだ」
「ていうか、最初から様子が変じゃなかった? 疫病ってもしかしてゾンビウィルスとか」
「まさか」
和樹は半信半疑に呟き、恐る恐る入口から外を覗けば少し夕闇に染まっていて、ところどころに黒い人影のようなものがぽつぽつと見えた。どいつも動きが何かおかしい。まさか本当にゾンビ?
「ちょっと様子をみてくる」
「俺も行く」
「足を挫いてるんじゃ走れないじゃん。誰か連れてすぐ戻って来るから」
そう言いおいて僕は倉庫の扉を閉めた。多分、二人でいることに居たたまれない気分になっていた。和樹の言葉で、僕が和樹が好きかもしれないことに気が付いてしまったから。きっと和樹の足が治るまで一緒にいるべきだったのかもしれない。そうすれば生きるにしろ死ぬにしろ、僕と和樹の世界は同一だったかもしれない。けど僕らには情報が全くなかった。
浜辺で遠くにゆれる人影の一つは腕がなさそうで、それでもふらふらと動いている。幸いにもあたりは暗くなりかけ、けれど町に戻る途中に何かに襲われて逃げ出し、気が付いたら夜だった。
起き上がってあたりを見渡して人影を見つければ、それらはもれなく僕に襲い掛かって来た。ふらふらと揺れ動く人影も町にたくさんたっていて、ところどころ町は破壊されていた。たった数時間しかたっていないと言うのに世界はすっかりかわってしまった。
コンビニの残骸で食べ物を確保して倉庫に戻れば、和樹が倒れていた。僕とはすっかり違う存在の和樹に。
だから僕は和樹を椅子に縛り付けた。
それから12日と6時間前が経過した。
和樹はわけのわからないことを呻き、あばれる。もう意思疎通はできないだろう。最後に和樹とみた海の青さは何も変わらないのに。
「ずっと一緒にいたいっていったのは和樹じゃないか。もう言葉はわからないけど」
和樹はただ、もごもごとうめいている。
「和樹、いっぱいゾンビ映画を見たよね。ゾンビ―ノとかウォーム・ボディーズとかさ」
ゾンビ―ノはゾンビが蔓延した世界で人間がゾンビを使役する話で、ウォーム・ボディーズはゾンビが人間の女の子に恋をする話だ。そんな世界が訪れればとは思うけれど、残念ながら人間の社会はすでに崩壊してしまった。だから和樹をここから逃がすこともできない。
そうして和樹に飲ませるためにコップにペットボトルの水をあける。そこに反射する光はゾンビになった僕の顔を映していた。
Fin
面白みと臨場感がたらんのでそのうち直します。多分ジャンルが中途半端なんだな。急ぎ働きはよくない。
★おじゃましまーす。
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