【短編小説(ミステリ風味)】ある事件のその後 3000字
[HL:月の間に間に見える顔('ω')]
「月など出ていなかったのです、犯行時刻には」
探偵がそう告げた瞬間、私は困惑した。何。何を言っている。
「しかし私は見たんだ! 確かにその男があの人を殺すところを」
「私はこの日の天文台の記録を取り寄せました。この日は確かに、雨が降っていた。よってあなたが月明りでその男の顔を見たという証言は、ありえません」
何を、何を言っている。そうして私は俯いた犯人の唇が確かに、確かににやりと卑しく吊り上がるのを見た。
「じゃあ誰が彼女を殺したっていうんですか!」
探偵はしたり顔で頷き、私をにらみつける。
「あの夜にあの場所にいたのは犯人だけです。つまり犯人は……あの場所にいたというあなたしかありえない!」
そうして傍聴席は沸いた。私一人を取り残して。私といえば突き出された探偵の人差し指に、そして私を見つめる無数の疑惑の瞳に、まるでトンボにでもなったようにぐわんぐわんと視界は揺れた。
「そんな、馬鹿な。私が彼女を殺すはずがない」
けれどそんな私の呟きなど傍聴席の拍手喝采と裁判長の木槌を打つ音、それから私に迫り取り押さえようとする警らの足音にかき消され、気が付けば牢の中にいた。
看守が差し入れたトレイがカチリと床に置かれる音で気が付いた。
「ここは……」
「気が付いたかね。ここは留置所だよ」
目の前の看守がやや気の毒そうに、私を見つめていた。
「一体何がどうなったというんです。そ、それよりあの犯人は!」
看守は一瞬、目を彷徨わせた。
「無罪放免さ」
「何故!」
「何故って……唯一の証言の信憑性が崩れたからな」
信憑性……。
「けれど私は、私は確かに見たんだ。確かにあの日は小雨が降っていた。けれど彼女が殺された時、確かに雲間が切れて月が輝いていた。だから私はあの男のにやつく顔も! 彼女の恐怖におびえる顔も! そしてナイフのきらめきも……。嗚呼。私は確かにそれを見たっていうのに」
「ちょっと待ってろ」
そう告げて看守は一度牢を出て、そしてしばらくしたら小さな陶制のタンブラーを二つ運んできた。そうしてそこに、透明な液体を入れ、一つを檻の隙間から差し入れた。
「どうして……」
看守は憐れむように私を見て、先に杯をあおる。そこからは確かに酒精の匂いがした。
「俺はあんたに同情しちまってる。あの男が犯人じゃなかったとしても、あんたが犯人である証拠は、同様にないはずなんだ」
「私が……犯人?」
そういえば探偵のあの男もそのようなことを言っていた。あの時はあまりのことに意味をよく理解できなかったが、その内容に思い至って呆然とする。
「そんなはずがない! 第一私が彼女を殺すはずがない」
「警察もメンツがあるからな、どうしても犯人を挙げなきゃならねぇ。だからあんたが犯人だっていう証拠を集めろっていう話を小耳にはさんだのさ」
「一体どうしてそんな話に……? 第一動機もなにもないじゃないか」
「そんなことは俺は知らないよ。なにせ俺とおまえさんが会うのは今が初めてなんだから。けどどうにも、お前さんが嘘をついているようにはみえなくてよ」
私は改めてその看守を見つめた。草臥れた制服は年季が入り、そのもじゃもじゃとした顎鬚は威厳というよりは親しみやすさを感じる。そのやや青い瞳は澄んでいた。
「私は……私は彼女を殺していません。それどころか、私は彼女を愛していました」
「よく思い出しなよ。ひょっとしたらあんたが犯人じゃない証拠があるかもしれない」
証拠……。私は差し出されたウィスキーを一息に飲み干せば、その瞬間喉が焼け、一瞬で耳まで熱が届き、キンという音がした。
そうだ。あの男を野放しにしては置けない。私は彼女の仇を取らないといけないんだ。何としても。
「私は……以前彼女の隣の家に引っ越しました。カンタベリーのはずれの田舎町です。三つ下の彼女は三人姉妹の末っ子でした」
私は親の都合でいわゆる都会から田舎に引越し、気弱ゆえに田舎の暮らしになかなかなじめなかった。腕力もなく色も白い。だから子供たちの輪にもうまく入れずいじめられていた。私自身も数年すれば親の仕事でまた都会に戻る予定だったから、何事もなくやり過ごそうと逃げ回っていた。それである日近くの納屋の片隅に隠れていた時に彼女に会った。
最初は彼女のことも警戒していた。
「あたしはあんたがいた都会ってところに行ってみたいわ」
「都会?」
「あんたが帰りたいっていうならよほどいい場所なんでしょうね」
その時改めて、都会での生活を思い起こした。人が多くごちゃごちゃしていて、スリも多くて治安が悪い。子どもがこんな風に一人で外に出歩いたりはできない。空は煙でずっと薄暗く曇っていて、ゴミがこびりついた冷たい煉瓦道をいつも下を向いて歩いていた。
そうしてようやく、空を見上げた。このカンタベリーの片田舎では空は青かった。そしてどこまでも広がっていて、私を見下ろす彼女が微笑んでいた。
「都会は……そんなにいいところでもないよ」
彼女の手を取って立ち上がれば、広がる平原を揺らしながら風が吹き抜けていく。その光景に、初めて気が付いた。
「そう? でもあたし、行くって決めたわ。大人になったらね」
そう言って彼女はやっぱり微笑んで、それですっかり恋に落ちたんだ。
次に彼女に会ったのはつい3か月前で、この町で見かけた。けれどもう結婚してたし多分私のことなんて覚えていないから声はかけなかった。あの時かけていれば、何か違っただろうか。
「あの夜に会ったのは偶然なのかい?」
「ああ。本当に偶然だった。あの時空が晴れなかったら、きっと彼女だと気が付かなかっただろう」
思わず拳に力が入り、涙がこぼれた。
小さいころ、あの納屋で彼女に都会に戻りたいなんて言わなかったら、彼女は死ぬこともなかったんだろうか。あんな薄暗い路地裏で。
「……やっぱりあんたが殺したようには思えねぇなぁ」
「当然だ。私は殺していない」
「まあ、あの男が無罪になったのは証拠不十分ってやつさ。同じように仮にあんたが殺したって警察が立証しようとしても、それを目撃した奴もいやしねえよ」
「勿論だ」
心臓のエンジンに火をつけたウォッカは次第に全身に活力を巡らせる。私は彼女の無念を晴らさなければならない。その思いは強くなった。
「私はあの男をもう一度裁判にかける。そのための証拠をみつける」
「おいおい、そりゃ難しいんじゃねぇか。警察でもみつけられなかったんだから」
「難しくても、やるんだ。私は彼女の死ぬ間際の顔を見てしまった。あの男が彼女を殺すのも。だから必ず私はあの男を断頭台に送る」
看守は私の決意に驚いたのか、目を丸くした。そして考えるように腕を組む。
「それなら、一度この町を離れたほうがいい。おそらく明日にゃ一度釈放されるだろうが、すぐにまた警察が捕まえにくるだろう」
「わかった。ありがとう。あなたの御恩は忘れません」
「いいってことよ。無実の罪も、嘘の無罪放免も気に食わねぇ」
私はそうして姿をくらまし、あの日の夜の天気を多くの人間に聞き取りをして、必ずしもずっと雨が降り続けていたわけではないことを証明した。周到にあの犯人の男の素行を調査した。ずいぶん時間をかけて親しくなり、そうして私服警官の前で酒に酔わせて彼女を殺したと自白させたのだ。
それがきっかけになり、犯人は死刑となった。事件は解決した。けれど結局彼女は返ってこないのだ。私は彼女の実家の近くに家を建て、窓辺に彼女の写真を飾って暮らしている。
Fin(仮).↓改稿予定
★元ネタ探し
この話の元ネタを探しています。思い出せない。
ホームズとかアガサとかの時代の古典ミステリーで、殺人事件を月明りで目撃した証言によって犯人と同定された男がいて、探偵か刑事が新聞か何かの天気予報又は記録を取り寄せてその日は雨が降っていて犯人の顔は見えなかったはずだ、っていうミステリー。
誰かタイトル! それがわかれば登場人物の名前が埋められる。内容に合わせて設定なんかも修正する予定。性別全然覚えてないから登場人物全員男だったらジャンルはBLになります(まて。
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これは会った人を探しに行く話。
★短編小説のマガジン
はじめまして~。参加させていただきます~。
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