【短編小説(ドラマ)】少し遠くて案外近く、もう手に届かない距離 2000字
[HL:写真を撮ると魂が抜けるんですって]
「沙英。頭の中に写真が浮かぶんだ。大切な写真のはずなのに思い出せない」
「へぇ、どないな?」
沙英の軟らかい声が響く。
「うまく説明できない」
薄暗い教室のような場所から窓の外を眺めている。外はよくある郊外の住宅街のようで、その光景を窓越しに女の子が眺めている。その印象は酷く、不安定だ。今にも消えてしまいそうに。
そういえばここはどこだ。ふと、そう気付くと車を運転していた。花火の写真を撮り行くところで、両手はハンドルを握っている。風景写真家の俺は色々な地方を周って情景を撮影する。今は丁度会場に向かうのに田舎道を走っているらしい。タイヤの回転がもたらす滑らかな振動がシートから背中に伝わる。ナビの時刻は午後5時半で、夏の日差しはまだ明るい。
「ねぇ、あそこで撮ってみたら何か思い出すん違うかな。教室から外を見とるんやろ?」
沙英は窓の外から見える沿道沿いの廃校を指さす。子ども不足で十年ほど前に閉鎖されたと聞いたことがある。
「不法侵入だろ」
「せやかて普通の学校やったら許可いるやん? あそこやったら誰も見とらんよ。気になるんやろ」
気になる。あの風景は溶けたアスファルトのように頭の中にこびりついている。夏が深まり蝉の声が多重に音を増大させるように、時間の経過によって等比級数的に不吉な違和感が広がっていた。気が付けば廃校にハンドルを切り、草の生えた運動場を横切ってガラスの割れた玄関から立ち入っていた。
教室の窓は確かに感じが似てはいたが未だ明るく、景色も山ばかりだから違う。そう思いつつファインダを覗いていれば沙英が中央に入り込み、カメラを下ろす。
「何をする」
「女の子が写っとるんやろ? 弘君が気になるいうから撮ったら思い出すかもしれん思て」
「そうだが……人は撮らない」
沙英は俯き、その顔は記憶のように影に入る。心臓がひりつく。
「なあ弘君、そろそろうち、撮ってくれへんかなあ。やってお祭りの写真やったらようけ人、写っとうやん?」
「ああいう写真は人も風景の一部なんだよ。誰もいない祭り太鼓だけ写してもおかしいだろ?」
「けど学校やし。風景にうちがおってもええやん? 人がおる風景や」
口をつぐむ。学校というのは通常、人がいるものだ。これまで沙英を撮ったことがない。そのことが妙に気にかかる。
「人を撮るのは好きじゃない」
写真で誰かを撮ると、その誰かは現実の誰かとは別に写真の中に納まる。それが何だか、居心地が悪かった。目の前の人間の一部が切り取られてその写真の風景に閉じ込めてしまうようで。
「そう。せやけど弘君にはどうしても撮って欲しいんや」
いつもとは随分違う暗い声に狼狽える。その俯いた姿は記憶の写真に次第に近づいて、頭の中でカチリと合致する。無意識に構えたカメラのファインダーから覗く電気の点かない教室の中はすでに薄暗く、外の彩度も褪せていた。いつのまにか蜩の音が不吉に響く。あの写真に似ている。思い出したくない。
「日が暮れよるけん。撮ってや。今日暮れてしもたらもう、撮れん」
日が暮れたら、写真は撮れない。夜間用器材は車においてきた。けれどそんなこと以上に、沙英の言葉が頭蓋の中でくわんくわんと反射する。奇妙な、取返しがつかないといった感情が俺の内側に満ちる。
何故こんなに動揺している。なんならまた来て撮ればいいじゃないか。そう思ううちにも世界の明度は下がり続け、これ以上時間が過ぎれば真っ暗になるだろう。撮るなら今だ。だから撮らなければならない、けれど撮りたくない。沙英が欠けてしまうようで。でも俺はずっと撮らなければと思っていた。けれど、嫌だ、嫌だ、嫌だ。思い出したくない。いや、思い出してはいけない。けれど。
「うちは弘君の写真が好きや。また色々撮ってぇな」
その声に指がシャッターを押した瞬間、今いるところが病院だと気が付き、涙がこぼれた。この光景に足りなかったのは、沙英だ。
手がカメラを構える形のまま、窓の外を眺めていることに気が付いた。そうして枕元に置かれていたカメラで、窓の外の写真を撮った。窓の外は郊外の住宅地のようで、確かに頭にこびりついていた風景だった。俺はきっと、一度も沙英を撮らなかったことを後悔していた。
「沙英の49日やけんな、様子をみにきたんや」
声に見上げると黒の上下の義父がいた。
「もう、そんなに」
耳にはコオロギの音が響く。窓からは流れ込む風は既に涼しい。
あの日、俺と沙英は逆走する車と衝突した。あの廃校の行く手前だ。それ以来、俺は気力をなくしてカメラを触るのをやめ、寝るたびにあの花火大会の会場へ向かっていたことを夢に見た。
「やっと写真を撮ることができました」
「ほうか。まあ、はよ元気になり。そのほうが沙英も喜ぶやろ」
「はい」
病室で最後に撮った写真は現像していない。そこにはきっと、記憶の通り沙英の魂の一部が切り取られている。
Fin
今思ったんだけど、これってジャンルホラーなんかな。うーん。
お邪魔します~。
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なんか不確かなホラー。本文の方、ホラー展開したくなってきた。
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