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本雑綱目 38 池田弥三郎 日本の幽霊

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

今回は池田弥三郎著『日本の幽霊』です。
中央公論社でISBN-13は978-4122001275。
NDC分類では社会科学>伝説. 民話[昔話]。
1974年の少し古い本だが、帯の「今なお生きている幽霊の秘話」という単語がなんかウケる。

1.読前印象
 幽霊というのは昔からいる(?)のだが、現在の幽霊象というものはそこまで昔からあるものでもない。昔の幽霊はしっかり足があってどっかどっか歩いていたりした、というか世界の幽霊スタンダード(?)では幽霊とは足があるもので、日本の幽霊が単純に特殊。幽霊から足が消えたのは江戸中期の幽霊絵師としても有名な円山応挙以降という説が有力だ。そのため応挙はよく幽霊と紐付けられる。幽霊が住んでいる掛け軸が出てくる「応挙の幽霊」という落語まであり、現在も応挙が書いた幽霊画が日本各地に残っているのだが、東京谷中の全生庵ではマジで幽霊出るという掛け軸を毎年夏に一般公開していて昔一回見に行ったことがある。あんまり幽霊がいる感じはなかったけど。
 そんなわけで応挙以降日本の幽霊は足がないわけだが、この本がどんな幽霊を扱っているのかは気になる所。

2.目次と前書きチェック
 大きな見出しとしては『幽霊の季節』、『幽霊と妖怪』、『場所に出る妖怪』、『人を目指す幽霊』、『家に憑く怨霊』、『浮動する霊魂』、『幽霊出現の理由』とある。
 そういえば幽霊は夏の季語なんだよな。
 ざっと目次を眺めた限りでは、古典を参照してヒト由来の怪異を扱った本のように思われる。
 どれを読むかなかなか悩ましいところだが、幽霊と妖怪から『菊花の約・その他』と『二種類の幽霊』、家に憑く怨霊から『たたりもっけ』、幽霊出現の理由から『幽霊芸能の目的』を読もう。たたりもっけというのは東北のおばけだった気がするが、うろ覚えだ。有名な源氏物語や平安期の作品出店の内容がなんとなくわかりそうなものは避けてみた。

3.中身
『菊花の約・その他』について。
 雨月物語か。
 タイトルを失念していたから気が付かなかったけど、雨月物語の幽霊の情感は湿っぽくて結構好き。
 よく考えればこの菊花の約は手段として幽霊となる話で、本懐というか目的にとっては寧ろ反しているのではないかと思った記憶がある(身も蓋もない)。
 この項は菊花の約のあらすじを述べた後に吉備津の釜について語り、吉備津の釜は素晴らしいで〆ているから、幽霊話の典型の紹介のうちの一つを紹介している頁だろう。
 雨月物語の雰囲気は好きなんだけどさ、上田秋成が魅せたいハイライトがどうもピンとこないんだよな。文化と時代の差なんだろうけどさ。
『二種類の幽霊』について。
 柳田國男の分類に従えば、日本の幽霊には特定の人間を目指して現れる菊花の約系統と人を選ばず現れる浅茅ヶ宿系統の幽霊がいるそうだ。今風に言えば前者はリング、後者は呪怨といったところか。そこで筆者は前者を幽霊、後者を妖怪と区別する。まあ確かに伽椰子は妖怪っぽくはある。
 そして泉鏡花の幽霊感について話は移り、前者の日本の幽霊は歌舞伎を通じて発動したものだと語る。
 全体的にエッセイ感。
『たたりもっけ』について。
 係累についての祟りの話(いわゆる末代まで祟るというやつ)が冒頭に現れ、連座制の話に移る。たたりもっけとは無実の罪に陥れた係累に対する祟りであるとし、比較的近代までの伝承をわりと具体的に解説し、内容としては興味深い。そしてその中で祟りをなすものを祀ってかえって守り神とした事例を紹介する、んだけど、著者的にはこの守り神というのは場所に現れる妖怪という分類なんだろうか。
『幽霊芸能の目的』について。
 百物語やおとぎ話というものがどういう性質のものかを書いた項なんだけど、折口信夫が「伽はギャアというような有気音を示した字」と述べたというところはなんだか面白かった。仏家が無明に集まる魑魅魍魎を追い払うために発音する語とするらしい。仏教でギャアの音といえば般若心経の羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦ぎゃあていぎゃあていはらそうぎゃあていが思いつくんだけどさ。この部分のもともとの意味は「行くぜ! 行くぜ! 彼岸に到着!」みたいな鬼のパンツ感のある語幹と認識しているのでなんか混乱する(そもそも漢字が違う)。日本の仏教典はサンスクリット語を中国で漢字に当て字したものを輸入したものなので、音と意味の紐づけについて考えたら負けだ。でも結局、古代仏教の世界観と今の仏教の世界観も随分ずれるから、よくわからん。
 その後も古屋の漏りや曽呂利物語、虫送り、歌舞伎や能を例に出し、怪異譚を行うことで神や精霊、悪霊などに化体して思いを語らせてスッキリさせて、退場を願うものと結論付けている。そういう側面は確かにあるんだろうねとも思うが、全体的にフワッとしてる感。
 小説に使えるかどうかといえば、例えば源氏物語や耳なし芳一などを作中に出すならそれなりに細かい考察がされているのだろうと思われる(その部分未読)ので、参考になるかもしれない。また、たたりもっけの話を書くなら詳しい上記の項は参考にはなりそうだ。でもなんとなく、ふわふわしてて心もとない。

4.結び
 思ってた幽霊感とは違う。
 それはそれとして何故こうふわふわしているのかと考えたのだけど、多分資料の軽重が不明確だからじゃないかと思う。文献には一次資料とか二次資料、直接資料とか伝聞資料などがある。それぞれ文系に対する信用性とか主眼、切り口とかが異なる。この本はわざかどうかはよくわからないが、そのへんをあまり勘案せずにおしなべて一律に採用しているようにみえるから、なんかふわふわする気がする。
 次回は谷口幸男・遠藤紀勝著『図説 ヨーロッパの祭り』です。
 ではまた明日! 多分!

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