本雑綱目 86 朝河貫一 日本の禍機
今回は朝河貫一『日本の禍機』です。
講談社学術文庫784、ISBN-13 : 978-4061587847。
NDC分類では302。社会科学>政治・経済・社会・文化事情。
前提知識必要度(日露戦争後の日本の国際情勢):★★☆☆☆
これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
★図書分類順索引
1.読前印象
前回のフレーザーが小説でこれが社会科学に分類されてるのが笑える。
さて、この本の中身を直接読んだことはないんだけど、第一次大戦前の時期に朝河博士がアメリカから日本に対して送った檄文だと認識している。goo辞書では禍機とは『災難が生じるきっかけ。災いの生じる兆し』とある。日本は当時、外国からどう見えていたのかというのはとても気になるところ。僕は近現代史はあんま詳しくないのだ。や、もともと高校選択地理だったから歴史自体詳しくないんだけどね。
とりあえず開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
序文を読む。
時事評論は好まぬが為さねば為らぬのに誰もやらぬ故、余が物申す。東洋情勢は流転し、出版時には事情変遷しているだろうが、このまま文を世に呈するが許せ。余の目的は卑見を述べて読者の高見を得ることにあり、国民はこの問題に最良最健全の思想を選ばねばならぬ。余も自説を捨て勝る評者の説に従うことを望む。読者諸君、教示を惜しむなかれ。一人の事にあらず。
主語が余だっ。なんか……こんなかっこいい序文見たことがないな。学者じゃなければよいアジテーターになれそうだけど、こういうタイプの人はこの時代に多かったのかもしれない。
目次は『前篇 日本に関する世情の変遷』の中に、日本に対する世評の変化、満州における日本に対する余の疑惑の由来 反動説-感情的反対者-利害的反対者、東洋における世界の要求、一八九九年以前、一八九九年以後、日露戦争以後、『後篇 日本国運の危機』の中に、戦後の日本国民多数の態度に危険の分子あることを論ず、日本と米国との関係に危険の分子すくなからざることを論ず、『結論 日本国民の愛国心』です。
ちょっと太刀打ちできないので、先に由良君美による解説をよんでみて、その結果、前篇 日本に関する世情の変遷から『日本に対する世評の変化』、『日露戦争以後 4 日本が南満州における新旧外交の実行』、後篇 日本国運の危機 日本と米国との関係に危険の分子すくなからざることを論ずから『米国人の日本人に関する感情の変遷』、『日本人の米国に関する思想の浅薄』、『結論 日本国民の愛国心』を読むことにします。これは読むなら全部読むべきだし、全部読みたいんだけどちょっと時間が……。
……前篇後篇のあとについてるの短いけど小タイトルだったから『日本に関する世情の変遷』を追加。
いつもの通り、前段は内容のまとめ、後段は僕の感想です。
3.中身
『解説』について
著者は米国の比較法制史専攻者の間で未だに名声高いが、日本においては評価が低い。維新後に生まれた著者は23歳で渡米し50年以上アメリカ史学会に雄飛しキリスト者の研究をした。大化の改新の比較法制史研究を始め日本の封建体制の国際的比較研究は著者によって学問的に定立した。加えて本著に現れるように在外憂国者として、特に日露戦争以前と以後は著者の識見が成熟し、日韓併合から太平洋戦争に至る帝国主義を邁進し国際的に孤立し破局への道を選んだかに見える祖国の姿を客観視しようとする試練の時だった。著者の信念に人類史を貫く同義または倫理性があり、人類の一員たる日本は世界史の軌道に正しく貢献すべきと考え、日本の危機存亡に関われば直言すべきことが自身及び人類の義務であると信じ、英米両国から日本を弁護する『日露戦争』、日本への痛烈な叱咤と批判を記した本著が発刊された。前著は当時は黄禍論が渦まきキリスト教国としてロシアに同情する欧米に対して大きな説得力を持ち、著者はポーツマス講和会議にもオブザーバー出席する。アメリカの仲裁で辛くも和平を結びえたのが真相であるが、日本は屈辱外交と憤激の目を持たれ著者は非難された。日露戦争後五年で目まぐるしく変わる時勢に著者の論調が日本を叱るものに変化したのは、日本外交がポーツマス条約精神に違背する対外政策の道を走り門戸開放の公約を公然と破り東南アジアに権益をむしり取ろうとしたからであり、アメリカの対日感情も反日に転じ破局へ踏み込もうとしていた。日米戦争を見据えた著者は日本と世界の立場を公平に比べている。
おそらく学者としてすごい人なんだろうなと思う。そして日本は激動の時代だった。まだ中身読んでないから公平性がどの程度かわからないけれど、その視座は世界史の潮流の立場から語っているらしく、でも世界史って要するに西洋史で、日本はそこに加わり旧来の勢力と戦いまたは捻じ込むことを求める立場なわけで、著者の価値観はやっぱり西洋なんだよ多分。日本は開国せざるを得ない状況におかれたわけで、開国(西洋社会に参入)したかったわけじゃない。当時の日本に西洋視点での公平性を語られても諾とは受け入れがたいんじゃないかという予感はする一方、ほぼ西洋視点にチェンジした現代人には受け入れやすい論なのかもしれない。くれぐれもまだ中身読んでないんだけど。
『日本に関する世情の変遷』について
日本は危機を乗り越えたばかりで新たな危機の存在に気づいていない。この危機は最初の危機と性質が異なり、抽象複雑である。解決には目の前の利害以外を見る必要があり、余裕ない大多数の世論に高説は対応できず、問題の所在を国民に示すことも困難である。たとえ憤りを避けられぬとしてもこの国難には声を上げざるを得ない。論点は様々あるが満州問題についてのみ述べる。
嫌味にならない演説口調って技術だなって思った。
『日本に対する世評の変化』について15
どの外人と接しても日露戦前とは異なる反応だ。日本の兵備進歩と満州の挙動から、日本は戦勝に勢いをつけて近隣を併合し欧米の利害に深い影響を及ぼすと考えられている。誤解を解こうとしても問題が複雑すぎて、大衆は偏見を固守する。識者は日本の兵備充実は理解できるとしても、①清国の領土保全と②機会均等という戦前に述べた原則に自ら背いていると述べる。西欧の報道は当該原則は欺瞞であるとみなし、日本の支那と満州の保全に払った努力を顧みずただ横暴侵略を訴え、あらゆる手段で日本の地位を陥れようとしている。これでは列国が日本の公平を損なっている。そもそも日本は清国の領土保全と機会均等を理由として多大な資源を投入したのに、清国自らが日本を主権侵略の敵とみなすのだ。日本が反論しないのはこの世情が一時的なもので、擁護すればかえって疑惑を増すと考えているのだろうが、自ら説明しない以上、弁護者が弁護しようとしても難しい。これが一時の現象か否かは研究を要する。
日露戦争直後の海外情勢がなんとなく理解できる。亜細亜人というのは西欧人にとって無意識に劣等人種なのだろうし、それが勢力を伸ばして来たら潰しにかかるというのは心情的に当然の流れのように思われる。異教徒は基本的に敵なわけで。日露戦争直後に祖国のためにこれを書いた著者はすごいなと思う。
『日露戦争以後 4 日本が南満州における新旧外交の実行』について
日本は満州で国際社会に則った二大原理を見せかけながら旧来の利権を奪取しようとするところに世界は驚いた。世界は日本の行為がやむを得ず行われたものとは信じない。軍備について、戦前満州の危険は露国鉄道兵と露國租借地兵備にあったが、古村は露国に鉄道を軍事目的に使用しないことを条約に盛り込み露国は全満州から撤退した。清国が外国人の財産生命を保護できる力を持てば日本兵を撤退させることになっており、租借地についても露国が清国に返還する様子がなかったため当初歓迎され、後に還付後は清国が防備することを予定している。清国はこれについて説明すべきである。政治について、日本は南満州で清国主権を侵食しようとしていると思われているが、ポーツマス条約で日本が鉄道を軍事目的に使用しないことを約束したのは政治禍害を除くためである。露国は露清協定にそぐわない哈爾浜の大市街建立等を行うなど奇怪な状況にあったが、日本は現況を引き継いだだけなのにその露国の不正をも協合して清国の主権を侵害しているとの風説となっている。この不可解は露清条約の全体が公表されていないために起こっているが、日露の行政権はもともとの条約に基づき合法である。一方で日本人には貿易・居留を許し外国民には許さない行為は列国の機会均等と支那主権を蔑ろにするものだ。司法に関しても支那主権を侵食しているが、違法不法な一部の日本人によって日本人全体が悪逆非道であるかのような風聞が生まれている。経済について日本は機会均等を妨げない範囲で南満州経営を行い露清両国の線路と和合すると説いている。これが真実ならば偉大であるが、莫大な損失を払って清国の為に保全した日本が欲をかくのは致し方がない心情と思うし、上手くいけば支那ともwin-winの関係になるが、その前提として日露清の共同和衷が必須である。日本は露清の反対にかかわらず進めたため非難を受けるのだ。清国の立場になると満州に他国が入って自分の領地のように振る舞い経済上優勢し、清国を抑制するという行為自体が反抗を招き、心情的に軋轢を招く。日本の満州以外にも、英国は揚子江、独逸は山東鉄道と青島港を抑えている。大連の日本人に不正があれば諸外国は直ちに世界に悪評を流し、清国は扇動し、誤解曲解がはびこる。なのに日本側の説明は皆無で弁明は外国に伝わらない。日本は反論をすべきである。
詳細な事実の適示的なところは省略したけれど、最終的には日本の製品の競争力が高いし同じ宗教でない(ここは案外重要と思う)ので、おそらく諸外国としては握りつぶしたかったのかなという気はする。確かに著者が言うように正当性の主張のしようはある(正当性は各人がそれぞれの立場において持ちうるので絶対的正当性というものは不存在であることは当然として)のだろうけれど、おそらく風説の方が強い。清国も共同できれば利益を得られたのだろうけど、なんていうかあの国はそういう体制ではない気がする。そう考えるとそれでもあの時代の中国は傑物が出たんだなという気はしなくもない。
『米国人の日本人に関する感情の変遷』について
半世紀間親しかった日本が急に競争者になり、干戈を交えそうな危機にある。経済的黄禍論が沸き、日本が清韓の商工業を支配して当該二国の経済機会を奪うという論であり、米国人の一部が危惧した行動を日本人がとったことからも既に国内に広く流布している。
植民地やって奴隷使った人々が何を言ってるんだと思わなくもない。本当によくわからないのは帝国主義というか自国の領土拡大自体は米国としては是なのか?
『日本人の米国に関する思想の浅薄』について
日本の米国に対する理解も曲解極まる。日本識者は米国を拝金主義というが、その富強自体を否定することはできない。毎年2艘戦闘艦を増やし偉大な海軍を有するようになることを非難しても、威信があるのは真実だ。今や米国は南北アメリカの覇者を目指し清国をけしかけ正義の名のもとに東洋の利権を奪取しようとしているこの政策は、建国者の意志に反するという反発がある。黄金主義による内国不敗については腐敗に対する反発力ととても元気で活力があるし、民衆の趣味が悪いのは新進流行の社会を求めて現在試験中の状態である。米国は新陳代謝し、貧民でも音楽美術をたしなんでいる。膨張主義による対外の誤策について、当初は消極論も多かったが今は最善を尽くして世の進歩幸福に貢献しようと正義の征服を続けているのが実情で、清国及び太平洋に関して消極論者に期待するのはやめた方が良い。米国民情の不統一について、米国人は日本人が想像できないほど自国の政治や社会を批判しているが、これは何でも無遠慮に評論しているのではなく、国家設立の根本と愛国心については熱烈な信仰を持ち普遍なことなのであえて議論されていないにすぎない。日本人が米国人に愛国心がないと考えるのは間違いだ。それに米国は自由進歩を望む弱者が好きなのであって、それもあって幕末から米国は日本に支援をしてきたが、これは日本が時刻と東洋の進歩幸福のために戦うことへの同情であってこれを外れてはならない。
この黄禍論というのはやはり日本が弱者とは言えなくなってきたからじゃないかと思うのだけど、当時の日本人は米国はずっと助けてくれると思っていたのだろうか。その辺は少し疑問で、おそらく弱者だから手を差し伸べるという非対等関係が嫌だったんじゃないかと少し思う。それはそれとして日本の対中路線は拙速なことは間違いなく、また得意になっていたところもあるだろうけれど、それは西欧の戦場でかつて西欧がやっていたのを真似しようとしていたら周回遅れでマナーが変わってたという問題じゃなかろうかと思わなくもないものの、正直あまり詳しくない。
『結論 日本国民の愛国心』について
愛国心は武士道に影響されている。武士道は①義に勇む、②堅固の意志、③自重・公平・抑制・礼譲、④静寂、思慮、反省の特徴がある。①は忠君愛国の形に現れ、この徳が古来日本の進歩を助けたのに加え明治で前途を開いた。日露戦争では一兵卒まで死地に及び秘密を守ったが、この美徳は平時には発揮されないもので、これのみで愛国心を養成することは困難。②は訓練の範囲内のみで行動すること、③は前二者は明治において堅硬な忠君愛国心となり、後二者は成長変化し、遠くを見通す視点を作る。④は武士にも稀有な資質で、名を重んずる勇気、訓練に従う義理、自らを欺かない常識であり、全てを習得するのは困難だ。日本は古来より反省する力が豊富である。これを人民のみならず国民的性格として増進し、他国に公平な態度を取り、時刻を客観視し、一時の国利と百年の国利を比較すれば、国家は長久し天下の模範となるべし。
僕の考えとしてはこれらのいわゆる日本の美徳というものは明治期に醸成されたものなんじゃないかと思う。結局のところ精神論なんだよな。そして精神論というのは実利とバランスが悪いのだ。なんとなく当時の日本人は建前を形成するための西欧側の理屈の立て方に少し疎く、著者は米国にいたからそれが見えていたんだと思うんだけど、何百年も鎖国してて即応した日本はそれでもよくやったんじゃないかとは思う。
全体的に、これは米国から見た日本論であって、すごく絶妙な立場にあるからこそ見えている視点なのだろうとは思うものの、その視点というのは分析にはとても貴重なものだ。全体をよめば当時の国際情勢をわりと把握できそうだけれど、やっぱり著者の言うのは西洋の理屈なんだなとは思う。多分それを前提にして、後進国がどうやって立ち回るかに心を砕いている感がした。あと、この本はけりたり語尾なので、言い回しを含めて慣れてないと目が滑る。こういう本があるという知識はとても役に立つ。
小説に使えるかというと、日露戦争から第一次大戦まわりの政治を書くなら役に立つとは思う。その時代書いてるけど僕のはデスゲームだったりするんですけどね。このあたりはちょっと難しいから、政治とかは手が出ないや。
4.結び
これ、最後を読んで序論に戻ると、今後の日本国民にどのような思想形成をさせるべきかという本なんだよな。思想誘導、明治初期で上手くいったからだと思うのだけど、この時勢で上手くいくものだろうか。これは米国からみた日本だから、日本国内の機運とか情勢、空気感とかはよくわからない。歴史というのは勝者が作るのは前提として、勝者は勝ち筋が見えてきた時点でどのように後世に残すかを取捨選択してその最終外形を整えてるなっていう気はした。このスキームはわりと他の歴史でも使えそうだから、なんかに生かしたいかも。
次回は週刊朝日編『戦後値段史年表』です。
ではまた明日! 多分!
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