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本雑綱目 41 平野邦雄 和気清麻呂

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

今回は平野邦雄著『和気清麻呂』です。
吉川弘文館の人物叢書で978-4642050302。
NDC分類では歴史>個人伝記。

1.読前印象
 藤原薬子の話を書いているのが止まっている(止まっている原因は大友家持なんだが)。桓武天皇が長岡京造営するときに蛙行列の話とかで和気清麻呂が出てくるのだけど、そんな民話的なエピソードはいくつか知ってるんだけど人物背景とか周辺調べが足りない。
 この人は面白い立ち位置の人と認識している。波乱万丈な人生(当時の貴族はほとんど波乱万丈だが)でなかなかの男気もあり、孝謙天皇に穢麻呂(きたなまろ)と改名されたりした話をかきたいくらいなのだけど、この時代は誰も彼もが面白すぎるのできっと順番は回ってこないだろう。なんとなくこの辺の時代は胡乱な輩が政治の中枢で七転八倒してるので、結構好き。

2.目次と前書きチェック
 はしがきを読むと、近代史までは道鏡という悪役を仕立て上げ、それに対置する存在として和気清麻呂らが置かれていたという。その際に対立構造という演劇的な配置が何より優先され、その人となりについて細かな検討が行われていなかったのではないかと述べ、資料から浮かび上がる客観的な人物像を描こうとする本のようです。
 目次は『清麻呂の故郷』、『清麻呂にたいする評価』、『吉備の豪族たち』、『真備と斐太郎』、『清麻呂の登場』、『道鏡事件』、『不遇時代』、『政界への復活』、『桓武天皇の側近勢力』、『清麻呂と側近グループ』、『和気氏と平安仏教』、『和気氏による文史の復興』、『終焉』となる。
 ハイライトとしてはやっぱり宇佐八幡宮の道鏡事件なのかなという気はするけれど、『清麻呂にたいする評価』、『桓武天皇の側近勢力』、『清麻呂と側近グループ』にしてみようと思います。書いてるのがそこなので。

3.中身
『清麻呂にたいする評価』について。
 水鏡を始めとする古代から中世にかけての古典籍では戦前に造成されたイメージと異なり、清麻呂は孝謙天皇の手先またはお使いみたいな扱いの記載であることにそもそもショック。男気部分崩れる。改めて考えれば、立ち位置は官僚か。
 いわれてみれば仲麻呂の乱の時に清麻呂は孝謙天皇側にいた。戦前教育をうけていないのにいつしか男気がある側の認識が染みていたことに戦慄。というよりその史観で書かれた本を多く読んだから頭に残っているのだな。その史観の根本は、大日本史が引く宇佐託宣集にある義士は二君に仕えず的な浪漫語りの部分らしい。それが明治政府の教学になり昭和まで続く。
 これ多分、万世一系な正しい歴史を作るためにあとから組み直されたやつだ。明治の国史だと帝位を簒奪しようとする道鏡は許されないから、それをベースに善悪が配分されたのだろう。そういえば僕の書いてる道鏡は割と可哀想なポジにいる。

『桓武天皇の側近勢力』について。
 桓武朝が仏教勢力と藤原勢力を排除しようとしたのは確からしいとほっと胸をなでおろす。これら既存勢力を排除することによって桓武朝を支えたのは母方の渡来人を含む豪族なのだが、百済氏の楽筝や秦氏の治水開墾などその役どころや関係が分析されていて、とても便利。あとで表にまとめよう。
 この項は和気清麻呂というよりは桓武天皇周りの人材といったページ。
 政治的な意図については根拠が知りたい部分が何点か。

『清麻呂と側近グループ』について。
 和氏譜を撰したのが和気清麻呂なのか。
 桓武天皇配下の各氏族と和気氏との関係が記載されている。仲が良いな……。この指揮系統の近い感じはあれだ、強豪に囲まれた部員が少ない体育会系だ。何かが腑に落ちた。
 他には和気清麻呂の領地の統治指針について書いてある。これまでの藤原家の政治とベクトルは真逆なんだろうなと思う。収支の正常化というか王家で独立して収支を立てることはその独自性のためにもとても大切なことで、そこに部下も一丸となっているところがスポ根モノ的によい。
 小説に使えるかというと、桓武天皇周りを書くならすごく使える(誰が書くんだよといつも書くところだけど、ここにいるよ!)。この頃は常識や文化がまるで違うから、立体的に見ないと把握できないのなっていう実感。読まないといけない資料が増えた。

4.結び
 気になったのが、この本では坂上田村麻呂が武官の代表だと書いていて、それはおそらく一般通念だとは思うんだけど、最近の遺跡の発掘調査で武官というより開拓者じゃないかという説が結構気に入っている。この頃の蝦夷東北は当時の人の認識ではおそらく人じゃなくて異種族(ハイファでいうところのノームとか鬼とか)扱いで、アルテイの扱いとかを見ていると田村麻呂の頭の中と中央との軋轢が大きい話とか書きたいんだけど、余裕がない。中臣鎌足あたりから鎌倉までの中央の特別意識は現代人に想像できないレベルな気がする。平家にあらずんば人にあらずっていうけど、そもそも人に入るのって公家だけで、公家にとって一般民は人としてカウントされる以前の問題のような気がしている。その辺書いたら面白そうなんだけど。
 次回は歴史読本編集部編『徹底検証 ここまでわかった! 本能寺の変』です。
 ではまた明日! 多分!

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