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本雑綱目 36 明治大学人文科学研究所 明治大学公開文化講座 8 悪

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

今回は明治大学人文科学研究所 明治大学公開文化講座 8 『悪」です。
ISBN-13は784759907339。
NDC分類では哲学>その他の特定主題に分類しています。

1.読前印象
 このシリーズは明治大学が公開授業を行った際の授業内容を書き起こした本で、他にも妖怪とか修羅とか人文に関する面白いテーマで講義をシリーズ化している。
 悪というと多岐にわたりすぎて範囲がわからないけれど、分類が哲学の特定主題ということだから、個別の悪い人(盗賊)とかではなくもっと根源的なというか、悪概念自体についての本……だろうか?

2.目次と前書きチェック
 序文では、倫理や哲学の分野で善の研究はあるが悪の研究は皆無にもかかわらず、しかし現実では悪のほうが生き生きとしている、と書かれている。それはまあ当然といえば当然で、善というのは規範で大抵は当然遵守すべきのもので、ようはつまらないのだ。悪というのはそれを破るという点でカタルシス、つまり乱高下の面白さがある。
 目次を見ると、『近代の悪と文学』、『日本中世における「悪」の諸相』、「アメリカ演劇における悪』、『悪の哲学は可能か』にわかれている。これはそれぞれのテーマで各単元の講義が行われたということだろう。1単元のボリュームが多いよ……。
 この中で興味があるといえばやっぱり、『悪の哲学は可能か』だよなあ。悪の美学とかいう言葉は巷でよく聞かれるが、哲学というと少し注意が必要だ。哲学の基本は本質の探求なんだけど、大抵の場合、悪というのは善の対置に置かれる概念で、しかも文化によってその内容は大きく異なる。それをさしおいて善を考慮に入れず「悪」のみを探求するというのは難しい、気はする。
 僕は昔から悪人をうまく書けないんだよね。背景事情追加してくとさ……。

3.中身
『悪の哲学は可能か』について。
 書き起こし文なので読むのが辛い。動画で解説を聞くのが苦手なのに通じる……。
 さて、冒頭で悪という価値は相対的なものでないかと書いているわりに限定せずに『悪を排除すること』の是非を問うという時点ですでに矛盾が生じている、のではないだろうか。
 読み進めていくとビアスの悪魔の辞典やスピノザのエチカ、マルキ・ド・サドの悪徳の栄えを引いて古今東西の様々な悪についての考えを披露しているけれど、著者は最終的に関係性を破壊するものを悪だと考え、その視点から悪を把握しているようだ。でもこれってさ、結局絶対的な悪というものを想起できないっていう結論だと思う。だって関係性というものこそ相対的なものだろう。
 そもそも「関係性の破壊」が何故悪といえるのか、が説得的でないといけないような気はする。一方でスピノザが言うところのこの関係性の破壊とは、すんごく単純化すると、人の体は活動するための能力(まあ、精神?)とこれを表現する複合関係(つなぎ)、そしてそれを具体にする微粒子の集合体(体)で、それが人の身体にたいして単純に良い(+)と悪い(ー)と評価できるという文脈ではなかったかしら。つまり血液とリンパが結合するとよい(+)複合関係が生まれるが、血液と毒が出逢えば破壊されるのでわるい(ー)関係といえるようなもっと即物的な印象で、善悪という価値評価が入る隙間がないものの印象なんだけど。
 スピノザの機械論的世界観はすきなんだけどさ、デカルトもスピノザも基礎にキリスト教があるからいまいちピンとこないんだよな。
 それはさておき、総合すると、悪い結果をもたらすものを悪と定義しているように思うけれど、それはやはり主体が齎す相対的な価値観にすぎないので(殺人はいかんという概念すら戦争当事者には否定されるわけだし)やっぱりよくわからない。わからないのはやはり、その悪をもたらす「関係性の破壊」というものが前提に立つからで、その附随的概念が先行するからだ。結論として、独立した悪を論じるのは不可能じゃないかと思った。
 そういえば善悪が混交する例で出されたランダの本も持っていた気がする。そのうち読んでみよう。バリ興味があるんだけど、書いても読者がいないジャンルなのわかってるから後回しになりがち。
 小説につかえるかというと、他の講義部分を読んでないからよくわからないな。この章は概念的な話なので使えないと思う。網野先生の中世における悪の諸相なんかは、これまでの先生の著書を振り返れば室町とか書くときには参考になる気はする。

4.結び
 どうせならもっと切り込んだ話が読んではみたかったけれど、そもそもテーマとして難しいのだ。絶対的な悪というのはやっぱり人個人の内側で作らないといけないから、多分他の悪がどうだこうだといっても意味がない。他に影響されるならきっと、絶対的な悪じゃない。
 次回は雑誌書道研究1988-12(特集:「甲骨文」の研究)です。
 ではまた明日! 多分!

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