本雑綱目 70 歴史学研究 664 特集:歴史における『奴隷包摂社会』
今回は歴史学研究 664 特集:歴史における『奴隷包摂社会』です。
青木書店の雑誌で1994年10月増刊号。1995年度歴史学研究会大会報告だそうです。
NDC分類では雑誌は雑誌一択。
これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
★図書分類順索引
1.読前印象
ちょうど前回読んだのが殷で強固な奴隷時代だったので、つながりが良い。殷人にとって奴隷は人ではなく、家畜と同じで狩猟で狩ってくるものだった。という時代を書きたいんだけどさ、その資料になると良いな。
とりあえず開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
序文的な『1994年度大会報告によせて』を読む。対象地域はスペイン、オスマン帝国、日本の中世社会。これまで奴隷は封建社会に訪れとともに減少するため、主に古代について語られていた。しかし実際は近代以降アメリカに多く輸出され、19世紀前半まで存続した。
そういえば日本も奴隷、と呼ぶかどうかはさておき、昔から明治初期まで奴隷はいた。そして戦国期に多くが外国に売り飛ばされたため、秀吉が奴隷貿易をしないようイエズス会やポルトガル国王に申し入れて日本における奴隷売買禁止令が出た後でも現地ゴアが勝手に売買してるんです、みたいな話になったから(いろいろ略)鎖国したわけで。
雑誌なので表紙から丸見えなのだが、目次は『全体会 歴史における「奴隷包摂社会」』、『古代史部会 古代国家の展開と”社会関係”』、『中世史部会 中世における地域社会の構造と変容』、『近世史部会 民衆の主体形勢と流通・教育・情報』、『近代史部会 第1次世界大戦後の農村における「民衆世界」の変容』、『現代支部会 他者の発見 同化から多元的共存へ』、『特設部会 歴史博物館の現在と未来』です。
こう並べてみると、基本的に奴隷というのは自分と同じ(連続性がある)と認識しない動物なんだろうなと思う。奴隷は今は存在しないかというとそうでもなくて、東南アジアで高級な家を借りる時は階段下の倉庫に住むメイド、みたいな存在を一緒に借りると聞いた。ハウスメイドと呼ばれる彼女らはほとんど無給らしいので、いわゆる家付き奴隷だと思うのだけれど、基本的にそのように扱ってよいという認識差から、現地社会の中でその扱いに違和感が生まれないそうなのだ。追い出すと行くところがなくて死ぬそうだから、追い出すほうが可哀想らしい。家付きと言わず女性がそのように扱われる地域は今も多いよね。
『全体会 歴史における「奴隷包摂社会」』、古代史部会 古代国家の展開と”社会関係”のうち『中国古代国家の変質と社会権力』を読みます。大航海時代の日本奴隷については書かれてなさそうなので、僕の興味のある部分。各章に小見出しがあるので、それは中身に譲る。
3.中身
『全体会 歴史における「奴隷包摂社会」』について。
15世紀末~16世紀末のスペインの都市社会と奴隷、について。
テーマとなるセビーリャはアメリカやスペイン・イタリア諸都市への奴隷の再貿易輸出都市である。1565年時点で都市人口の6~8%が奴隷であり、貿易都市であるこの都市には様々な階層の人間も存在した。いわゆる下層民といわれる乞食や売春婦も多い。奴隷は神の名の下に教会によって正当化・認知されていた。敵対するイスラム勢力、福音と文明化を理由にした黒人に対する戦争や略奪、これに基づく奴隷化は義戦とされた。奴隷は家畜同様に動産として分類される。セビーリャの奴隷は時折インド人等のアジア奴隷も含まれたが、主に外国人マイノリティの性質を有していた。
奴隷は高価であったが多くの人間が所有し、その所有はステータスとなった。手に職をつけて高く売り、また奴隷も解放の約束によって真面目に働いた。労働効率の観点から虐待はあまり行われなかった。奴隷の15%はアルコール依存だった。解放奴隷も多くいたが、薄給は変わらず生活原資を拠出しないといけないので生活は厳しく、差別は根強い。旧所有者に雇用される者、アウトロー化する者もいた。
全体的に当時の奴隷の扱われ方や暮しについて細かく記載された資料、といった感じ。黒人、ついでムスリム奴隷が多かったようだが、イスラム社会にも奴隷がいたので社会としてあまり違和感はなかったのだろうか。黒人はコミュニティが分断されすぎたからどうしようもなかったのだろうし、その中で解放されてセビーリャのコミュニティの一員となったからこそその黒人解放奴隷も奴隷を買うのかもしれない。
伝統的オスマン社会における奴隷の諸相について。
イスラム法シャリーアにおいて物質化した人間をラキークという。基本的に異教徒に対する戦争捕虜と、母の身分が奴隷である子は奴隷である。債務奴隷は認められない。部分的にしか権利をもたないゆえに犯罪を犯した場合刑罰が軽く、被害者となった場合は器物損壊として扱われる。
マルムーク朝では奴隷軍人自身が君主となった。購入された奴隷は訓練終了時に身分を解放されて軍団の構成員となる。マルムーク朝は極端な例だが、奴隷が権力者や支配者になることは珍しくなく、奴隷についての偏見と社会への同化の障害は小さかった。
当初のオスマン朝の奴隷は売買ではなく村ぐるみの略奪奴隷が多い。奴隷軍人は君主直属の常備軍形成が試みられた。その拡大とともに、元々の戦士団は在地騎兵として組織化される。14世紀までには領内のキリスト教徒臣民の子弟から10代の少年を強制徴収して君主の奴隷とし、改宗させて常備軍又は宮廷の官人とするデヴシルメ制度を用いた。16世紀には専制・中央集権が確立し、宰相や州総督、県知事等の役職を宮廷奴隷が独占するようになる。18世紀頃になるとイェニチェリ(武家騎兵)に世襲化が現れてデヴシルメ出身者に取って代わり、衰退していった。
奴隷が何だかよくわからなくなってきた。特にデヴシルメは徴収は強制なのかもしれないが頑張れば宰相になれるわけで、家奴隷でも優秀なら娘婿になって家を継いだりするらしい。イスラムでは人の種別を人種ではなく宗教でするので、人種間のハードルはむしろ低いのかもしれない。そういえば中世あたりのイスラムでは信教は自由でキリスト教者も保護されたが税率が違うと聞いたような記憶。
日本中世社会と奴隷制について。
近代の西欧の歴史モデルでは奴隷制は古代に発達し、中世には封建制発展とともに衰退するので、日本では中世以降の奴隷の関心が失われている(日本は植民地奴隷(黒人奴隷、弥助はとりあえず考えない)を用いていないので)。
ポルトガル国王の日本人奴隷貿易禁止令が出た後のイエズス会長崎会議録を見れば、戦争奴隷が合法であることは日本と西欧に共通するが、西欧はキリスト教徒同士の奴隷化は考えられず、身代金制度に移行した。日本では捕虜は死刑か長期の苦役(奴隷)であり、そして戦国時代では各地方領主が戦争を行う権利を有していた(西欧では貴族の戦争権は禁止されている。)。その他奴隷になる境遇について、債務返済のために父が子を売ることについて、西欧からは極めて異常に思われていた(思いつくのは女郎屋に売ることや奴婢かな)。異教徒を奴隷化していた西欧人と異なり、同胞内(民俗・宗教・人種が同じ)で奴隷化することが異常に見えたのだろう。その一方、日本では庶民レベルの奴隷は養子にしたり娘婿にしたりするので、西洋の奴隷と日本の奴隷は根本的な思想が異なるように思われる。
戦争奴隷について、対外戦争は別として、国内の戦場における奴隷狩り(略取)・略奪は習慣化していた。吾妻鏡等の鎌倉初期の本で捕虜奴隷は見当たるが、本格化したのは戦国期と思われ、奴隷貿易を行うポルトガル商人の買付の影響が多いのではないかという。
借金奴隷について、1230年の凶作以降、人身売買が黙認された。1245年の令で、①飢饉時に無縁の人間として養育した者を子孫に継がせたり売却することを許す。②飢饉時に親類的な人間として養育した者は一代限り奴隷にして良い。③飢饉時に養子にしたものは養子として扱う(実質的には支配下)。ようは飢饉で飢え死にするところを助けた対価だが、以降強制執行として奴隷にする筋道ができる。飢饉でなくても家族を売ることができ、最低値段2貫という相場が一般化する。この鎌倉期の風習が戦国期まで続いたわけだが、このような慢性的凶作・飢饉が増えた原因は気温の低下による生産力低下によるものと思われる。そしてこの環境変化は極めて過酷で共同体内での助け合いが困難なレベルにあり排他性を生み、外れた人間は奴隷になるか死ぬしかない状態にあったという。
奴婢は家族の中に奴隷として組み込まれ、奴隷の子の女子は下人とされ、奴隷が再生産された。たまに漫画でみるひどい扱いの下女ってこれか。家族にカウントするのは同民族だからだと思うけど、今と文化がだいぶん異なるので奇妙な関係に見える。
領主層の主従の場合は被官、名子等の身分がある。所有権は失うがその家を継続して与えられ、そのまま田畑を耕す等の場合もあった。
同じ民族間で奴隷を作るということの是非という視点は目から鱗。逆に西欧やイスラムでは同じ宗教の場合は奴隷にしない。一神教だと神は絶対なので、その区別は想像以上に絶対的なんだなと感じる。
『中国古代国家の変質と社会権力』について。
最も古い制度として里正があり、職務に細かい決まりがあって里の管理を行う。漢初ごろは父老ー子弟関係という疑似血縁又は年齢序列による社会秩序が存在し、里内の共同利益についての裁量を父老層が有し、権力の掌握には父老層の協力が必要で、危機的状況化においては父老層の決定で共同利益のために決起等すら行った。
時代は豪族経営に移り、集積された土地の経営運用は豪族一族で行われた。その際に貧した同族を助けることによって巻き込み、同族内の序列(家長制度)が形成され、祖先(昔の上位者)崇拝が現れる。個別的・私的な豪族が社会権力となり、全体の協働的利益に見せかけるために祭祀を利用する。豪族集団の力を合わせることで、後漢国家(劉秀集団)が現れた。
だいたいが秦漢から後漢への社会構造の変化で、期待した殷周(まさに奴隷社会)は出てこなかった。そもそもこの父老子弟関係、氏族や豪族集団を奴隷社会とするのは少し違和感があるけれど、豪族と祭祀の関係については興味深かった。
全体的に、すごく面白かった。各地の制度がメインだったけれど、その細かい違いが制度設計として浮かび上がり、とても興味深い。そもそも他人を奴隷と認識する境界は案外低いのかもしれない。逆らえないという点に着目すれば、深みにハマった闇バイトや社畜も奴隷と大差はないわけで、そうするとよくある社会構造のなかのネーミングの問題な気はする。
小説に使えるかというと、テーマとしてなかなか難しいかなあとは思う。比較文化奴隷小説なんてないだろうし、ピンポイントの時代として記載されているわけではない(セビーリャは除く)。僕は戦国期の奴隷貿易の話を書きたいので少し参考にはなったけれど、さりとて直接小説に使えるものではない。
4.結び
ポルトガル人は日本人の奴隷を買う際、惨めな日本人(多分下等民という意味)という身分から解放しよりよい身分(多分ポルトガル人という上級民という意味)を与えるので良いことだ、といっているあたりがなかなか印象深い。大村が日本人が鎖に繋がれて南蛮船に押し込められるのを秀吉に報告した時、秀吉がコエリョ(イエズス会日本支部代表)が禁止令をもとに奴隷売買しないように求めたら、コエリョが売る人がいるのが悪いといったのを思い出す。記載されているように日本のいわゆる奴隷制度が小規模な関係の中での上下を意味するのなら、外国に奴隷を売った大名は輸送中に死んでも良いものとして扱われるとはあまり認識していなかったのかもしれないなと思う。
次回は室井綽著『ものと人間の文化史 10 竹』です。
と思うのだけど、読書ストックが減ってきたので別のエッセイを投げ込むかもしれませんが、あしからず。
ではまた明日! 多分!
★似たテーマの本
★一覧のマガジン
#読書 #読書レビュー #レビュー #うちの積読を紹介する #書評 #読書感想文 #note感想文
