本雑綱目 80 小池寿子 屍体狩り
今回は小池寿子『屍体狩り』です。
白水ブックス、エッセイの小径。ISDN13:978-4560038567。
NDC分類では702。芸術. 美術>芸術史. 美術史
これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
★図書分類順索引
1.読前印象
エッセイ……。ジャンルが芸術・美術史で、表紙絵が聖者と死者を描いたイコンっぽいイラストがあるけれど、これだけではよくわからないな。宗教画についてだろうか?
とりあえず開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
はじめに的なものはない。
目次をみると各5頁ずつのエッセイ集で、一番目の『ラグランジュ枢機卿のトランジ』から始まり、タイトルだけでは内容がよくわからないが死に関係しそうなエッセイが並んでいる。盂蘭盆とかあるから西洋だけでもなさそう。ヒント……ヒントを……。
とりあえず、『ラグランジュ枢機卿のトランジ』、『病』、『死亡欄と天気図』、『自殺1』、『皮の下』、『フラゴナールのいとこ』、『それぞれの「死の舞踏」』を読んでみる。特にこれらを選んだ理由はない。本当に中身がわからないので……。
3.中身
『ラグランジュ枢機卿のトランジ』について。
ラグランジュは百年戦争時のフランスを立て直した政治的要人で私腹を肥やした人間だが、遺体は骨と肉が分離するまで大鍋で煮て、骨はアミアン、肉とはらわたはアヴィニョンのトランジの下に埋められてイカシた墓碑を刻んだ
著者は大腿骨が好きらしく、ラグランジュのトランジの大腿骨の曲線美を褒めている。トランジとは朽ちる途中の姿を形作った墓標。うん、なんていうか僕も筋肉好きなので気分はわからなくもない。トランジという文化は初めてしったので勉強になったものの、この章に記載されたのはラグランジュの経歴とアイロニックな墓標についてなので、なんとなくこの本は著者の感銘をうけた死体や死についての感想集で、深い考察ではなさそうだ。とはいえ死体の感想というのはなかなか興味深いので、とりあえずめくってみる。
『病』について。
著者が幼少時に患っていた鼻カタルはペストのなれの果てである。ペスト菌の衰退はネズミ上にいた蚤が原因だ。キリスト教にとって病は罪の表れで、これをもたらしたのはユダヤ人と言わたが、アラブ人と同様医学的知識のあったユダヤ人の死亡率は低かったために余計憎悪が増した。王侯貴族はユダヤ人の知識が進んでいることを知っていて密かにユダヤ人医師を呼び寄せたが、庶民は祈るしかなく、あらゆる病気が同一の原因によるものだと考えられていた。
この人、劇場型の不思議な文章を書く。多分こういう才能が職業エッセイストに必要なんだなって思う。ところで中世ではキリスト教は聖書一辺倒になって科学文明は衰退し、アラブの方が進んでいた時代で、そういえばこのころユダヤ人がペストを流行らせたとして虐殺されていた記憶。改めてこの記載を見ると、当時の西欧人の頭の中には病という概念がなかったのかもしれない。毒や外傷を除いた病すべてが罪と考えると、それはきっと終末の鐘がなるまで贖うことはできなくて、そう考えれば治らなくても仕方がないという奇妙な逆転現象が発生する、気がした。そしてそれを逃れるために魔女(ユダヤ人を含む)の薬を得て、それで回復すれば妬まれて告発されて火あぶりになったのかも。えっちょっと本気でこの辺の病気感が気になってきたぞ(ただの感想なので、間違ってる可能性は高い)。
『死亡欄と天気図』について。
寒くなると人が死ぬのは統計的にも明らかだ。新聞の死亡欄を見れば初冬から春先にかけて高齢者の肺炎及び心不全が増え、そのような病名はつくが一昔前なら老衰だ。死亡欄の次に天気図を眺めると、高齢者が死ぬのは気圧の谷が過ぎる前後に集中する。これらの事象は「柿が赤くなるころ医者は青くなる」といった言葉もあるように、過去からの認識である。気象と占いは古くから関連し、アラビアの哲学者アヴィケンナは体の各部位を黄道十二宮に当てはめた。
僕も前に法医学者から話を聞いたことがあるんだけれど、インフルエンザや酷暑で老人がたくさん亡くなった年の後、3年ほどは死者が減るらしい。それはそのタイミングで亡くなる体力が少ない老人が一度に死に絶え、そして3年程度たてば新たに体力が低下した老人群が生まれて一定を超えた感冒や酷暑があればまた群としてたくさん亡くなるのだそうだ。多臓器不全(原因がわからないけれど体の調子が悪くなる)で心不全(心臓が止まる)という死亡診断書の記載は、ほぼ原因が特定できないことと同義であるけれど、明治時代に埋葬に医師の診断書が必要になってから、人は老衰ではなく病気で死ぬことになったんだと思う。
『自殺1』について。
自殺は一般に、道徳的論理的に罪という認識がある。Suicideは己れ(Sui)と殺す(cidium)が語源で17世紀ごろ初めて辞書に登場した。カトリック諸国よりプロテスタント諸国の方が自殺率が高いのは、カトリックの方が宗教的結束感情が高く個人の生に意味を与えやすいからではないか。キリスト教では聖書に直接自殺を禁じる記載はないが、禁忌となったのはアウグスティヌスからだ。彼は人間の命は神に与えられたものだから天寿を全うする前に命を絶つのは神への冒涜であると述べ、15世紀では自殺と殺人を同等に扱うようになった。そしてユダの死についての記載があり、『自殺2』に続く。
自殺は社会的に一人の労働力が失われるというリソース的損害が生じるので、共同体として禁止するのは社会の動きとして当然の流れと思うし、わざわざ聖書で禁止されていないからといって禁止されないと解釈するのも穏当ではないだろうと思う一方、このアウグスティヌスの主張についてはやや疑問が沸く。人は神に命を与えられたから自殺するのは冒涜であるとまとめられているが、そのまとめられ方だと同様に命を与えられたはずの異教徒の命あるいは戦争についてはどうなのと思わなくもない。あまり詳しくはないのだが、アウグスティヌスは正当な戦争(旧約聖書及びローマの行ったいくつかの戦争)を認めていたはずで、兵は国家から与えられた義務として悪しき敵兵を殺すことを認めていたはず。でも詳しくないからこの辺でやめておこう。
『皮の下』について。
古代ギリシャの哲学者メニッポスは、冥界で出会った美男と醜男に、骸骨に美醜や老若男女、身分や精神の貴賤の差はなく万物平等であると述べた。しかしギリシャ神話の神々の世界は万物平等ではない。マルシュアスに勝ったアポロンはマルシュアスの生皮を剥いだが、その皮剥ぎの題材は解剖学が飛躍発展した16世紀に好んで取り上げられた。また、皮剥ぎは肉体を捨て精神的な上位存在になるという見方もある。
この項は、たまに銭湯にいって死体ではなく生身の人間を見て目の保養をしようというぶっとんだ冒頭から始まっている。この人、本当に皮剥ぎが好きなんだなっていうのが伝わってくる名文が続いている、ような。いや、僕も皮剥いだ話書いたから他人事じゃないんだけどね。ところでギリシャ神話が出てきたけど、ギリシャ神話の神というのは完全性こそが神性の表れでつまり神は美の極致にあるので、基本的に半獣に負けるはずがないんだわ。その反面、人間から見れば人格が破綻しきっているのは日本神話も似たようなところがある。多神教というのはそうなりがち。それでこの項は皮剥ぎの実況中継なので、コメントのしようがない。
『フラゴナールのいとこ』について。
パリ南東にあるアルフォール・フラゴナール博物館の正式名称は「畸形、結石、エコルシェ(剥皮生体)標本室」と続く。18世紀前半に外科医は床屋から分離し病理解剖学を発展させる一方、馬術教師や蹄鉄工が獣医または外科医となり解剖陳列室を流行させた。アルフォール獣医学校の創立者は医学と博物学を発展させた結果、狂気と耽美主義が結びついてアートを生み出す。ギャロップの瞬間の馬のミイラにミイラの女がまたがる様子を黙示録に見立てているが、それが美しく成立するためにミイラはメスを入れられ、筋肉や情動脈が露出しニス様のものが塗られている。
えーと、ここで言われるエコルシェというのは解剖学的に標本になったものではなくアートとして標本につくられ、美しくマントに見えるように皮膚を成形されてなめされたような、なんというか家畜人ヤプーを彷彿とさせるものである。今だとまあ不謹慎アートなんだろうけど、見てはみたいな……。というか絵に描きたくなってきたんだけど……。
『それぞれの「死の舞踏」』について。
ドイツのシュトラウビンクという町で「ヨーロッパ 死の舞踏学会」が開かれたがとてもハードスケジュール。死についての取り組みは、ドイツは死を暗示する形象や現代作家の奇怪芸術まで取り上げる一方、フランスはルネサンス期からのマカブルな芸術に限られる。イタリアはイタリアこそが死の芸術を発展させたと主張する。日本を振り返ると幽霊に足がないからダンスは踊れない。
本文中に説明がないけど「死の舞踏」というのは漫画なんかではダンスマカブルといったほうが通りが良い気はするが、中世末期のヨーロッパで流行った死の恐怖に人々が半狂乱になって踊り続ける詩をベースとした寓話や芸術作品を指す。死そのものより死の派生芸術についての議論のようだけれど、死というより議論のベースのすり合わせが全然できてなさそうで、大人がサブカルで殴りあってるような、なんだか楽しそうです。日本の幽霊に足がないのは江戸中期の丸山応挙が始めた説が強くて、それ以前の幽霊(例えば平家物語とかの鎌倉時代では)足があるので比較的最近の流行のはず。そもそもアジアの幽霊映画をみてもしっかり足があって立派に人を襲ってくるので、幽霊が儚いというのは日本の幽霊の特色ではあるけれど、中国の志怪小説では確かに儚い幽霊はいたといえばいたような。
全体的に、トランジとかエコルシェ、ダンスマカブルといった用語に説明がない(あっても最低限な)ところからも、サブカルが好きな人に向けて書かれた趣味の本。この本は1993年の本なのでオカルトブームに乗ったのかなという気はする。面白いには面白いんだけど、エッセイなので何かを調べる目的というよりは娯楽的に読む本だな。内容的には哲学のほうで、美術史に分類されているのは各項1,2枚の美術絵画や写真が挟まれているからだろう。美術史の本ではない。
小説に使えるかというと、意外と使えそうなところは多いし思いのほか気づきはあるんだけど、局所的過ぎてっていう感じ。いかんせん歴史マターの話でしかも簡単な紹介が多いので、それ自体で話を展開することは困難だ。そうするとここで気づいたものを現代ホラーにシフトチェンジすることになるが、歴史マターなので一般化が難しそうなんだよな。犯人の心理的動機の欠片にするにはいいかもしれないんだけど。
4.結び
各項のタイトルの意味が初見殺しでさっぱりわからなかったけれど、中身読んだらそのままだった。この人の文章、落語みたいに自分の日常から初めて死体の話につなげてくのが面白い。こういう独自の流れ(自己紹介から始めろと言う意味ではない)があるとエッセイストとして生きていけそうな気はするが、なかなか難しいよね。
次回は戸井田道三『狂言 落魄した神々の変貌』です。
ではまた明日! 多分!
★似たテーマの本
幽霊屋敷がどのように成立したのかという話。幽霊の話ではなく、文化的な発生機序の話。幽霊屋敷とは作られた文化だったのだ! この本もわりに面白かった。
★一覧のマガジン
#読書 #読書レビュー #レビュー #うちの積読を紹介する #書評 #読書感想文 #note感想文
