本雑綱目 26 山田慶兒 中国医学はいかにつくられたか
これは乱数メーカーを用いて手元にある約4000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。
今回は山田慶兒著『中国医学はいかにつくられたか』です。
岩波新書の978-4004305996。
NDC分類では自然科学>医学に分類しています。
1.読前印象
中国医学というと僕的にはクリオネの姿の神農から始まり黄帝内経霊枢とか傷寒論といった古典籍が素となり、そこから枝分かれして道教をベースにした仙術と神農本草経や本草綱目なんかの博物学的な分類からくる薬学がベースとなっているイメージなのだけれど、「つくられたか」というところになんとなく思想的な主張が見え隠れしている気がしなくもない。
はりきって開いてみよう~。
2.目次と前書きチェック
前書きを見ると、現代まで続く東洋文化圏の医術概念の基礎には中国医学があるということから始まり、ではそれはどのようなものなのかを読み解こうという本のようだ。僕のほうが穿った見方をしていて反省。
1章の医学の歴史の始まりに続き、甲骨文字、左伝、史記、黄帝内経、神農本草経、難経、傷寒論という書物の章タイトルが続き、以降の唐までの医学書に続く。わりに真正面に中医学の歴史を描いているもよう。どれも興味はあるのだが、2章『甲骨文にみる病と医療』と7章『薬物学の出発ー神農本草経』を読んでみよう。個人的な興味は人肉を初めて薬とした本草拾遺あたりなんだけど、載ってない。
3.中身
『甲骨文にみる病と医療』について。
普通に甲骨文字の本と同レベルで甲骨文を引いていて少し驚き。
現代と病の範囲の捉え方が異なるのは当然だが、古代では病気は祟りが原因と捉えていた。少し文化的な説明不足は否めないので補足すると、甲骨文字の残る殷代は強固な呪術社会であり、祖先霊たる鬼神が祟りをもたらすという常識が強い。一方で殷末のあたりでは甲骨文字の細工なども行われ、ある程度の調整が行われていた。でも疫病をどうやって占を当てたことにしたのかとても興味がある。
それとは別にマラリアの記載があり、当時は現代より気温がいささか高かったはずだからきっとマラリアの流行なんかもよくあったんだろうとか、やはり女人も将として出兵していたんだという確証を得られて自分的にはなかなか良い知見が得られたんだけど、この本自体はわりと個別事情に説明が割かれていて、具体的なのはいいけれどあまり体系的ではないため、ここで脱落する人も多そう。普通このタイトルで甲骨文字の読み方の知識とは思わないだろう。
『薬物学の出発ー神農本草経』について。
神農本草経における薬物の分類方法から始まる。効能の上品はやはり天の神薬だが、中品が人で下品が地という順番が何やら面白く、そこから後世ではどのように分類されたかというのが記載されている。陶弘景の分類は常食するしないで分けるというのも面白いけれど、分類の理由が知りたい……。そもそも神農本草経はほとんど鉱物だったから常食しないにわけるしかないのでは。
更に補足すれば、後世の本草書は神農本草経にどんどん付け加えあるいは注釈する形で新しい書が作られている。確かこの継ぎ足し継ぎ足しで真偽定かならざるものが除外されなかったのでどんどんよくわからいものになっていき、それを新たにまとめ直したのが明代の本草綱目だったはず。
全体的に、記録として残っている中国医学についての流れを概説するものだけれど、新書で出すほどノリがライトではない。中国医学の流れと各書物の位置づけをある程度把握していないと、そもそも意味がわからないのではないか。中国の歴史で医者を書くには一読しておくべき本だと思うが、いるのか……? 追加でちらっと読んだけど黄帝内経も興味深いな。
4.結び
甲骨文字は散文なので、特定の記載があるかどうかという観点で書籍から調べるのが難しい。そう考えると内容に触れるにはたくさん目にいれるしかないんだけど、そういう意味でなかなか発見はあった。でもそんな目的意識持ってる人っていないよな?
次回は堀米庸三著『中世の光と影 上』です。
ではまた明日! 多分!#読書 #読書レビュー #レビュー #感想 #書評
