【短編小説】母のこれから
兄弟が集まった。母のこれからを話し合うためだ。
長男は、「母さん、今85だよな。ひとりで家にはおいておけないだろう」と言う。
長女も、賛同する。
僕は「誰かの家で引き取るって話は無いの?」と言った。
母を施設に入れるのは反対なのだ。
今は実家に母だけが暮らしている。ひとりの時、何かがあったら大変だと言うこともわかっている。
長女は、「家には義母がいるのよ。そこにお母さんを連れて来るのは出来ないわ」と言った。
長男は「嫁さんが施設にって言ってる。プロの人に見て貰った方が安心出来るし、お母さんは好きだけど、やはり引き取りには不安があるって」
僕の所は狭いし、一日中、家には居ないし、母を引き取るのは無理だ。
「やっぱり、介護付き老人ホームに入って貰おう」
長女が言う。
「お母さん、時々、ぼんやりする時があるの。あんたたちは、わからないかもしれないけど、ちょっと認知症も出始めているのかもしれないのよ」
長女の言うことに頷く、僕とにいちゃん。
「でも、費用は?俺たちが出すことになるのかなぁ」
「お母さんの年金で賄えるといいんだけれど、お母さんに、なかなか聞けなくて。
お母さんは、よくひとりでやって来たと思うの。おじいちゃんやおばあちゃん、お父さんの仏壇に花を絶やしたことが無いのよ」
「この家、どうなるんだろ?」
ボソッと言ってしまった。
「そうね。今はまだそこまで考えられないわ、私は」
「俺もだ」 長男も言う。
独り者の僕には、関係ないことだと思って来たけど、これからのことを考えると、すべきことがいろいろあるんだなぁと思った。
そこで話は終わって、しばらくして、
母が入院する事態が起きた。
長女が母を訪ね、実家に寄ったら玄関を開けると母が倒れていたのだ。
すぐに救急車を呼び、また3人が合流した。
「お母さん、貧血だったの。もう少し遅かったら、危なかったと言われたわ」
「こんなことになるなら、やはりひとりではおけないな」
入院したことにより母は急に老け込んでしまった。認知症も進んだようで、ベッドから落ちないように、ベルトで固定されていた。
「先生は、すぐ良くなると言ってるけど、歩くためのリハビリが必要だと言われたわ。歩いてないと、すぐに歩けなくなってしまうそうなの」
「俺、施設を探してみるよ」
と長男は言った。
「待って。介護申請をしなくちゃいけないのよ。申請をして要介護なのかどうか認定されないと施設にも入れないわ」
「そうなんだ」
「前に義母の事で調べた事があるの。お義母さんも、母よりは若いけど、いつかは、その時が来ると思うから」
入院した母は、落ち着いて来た。話し始めると止まらない。
「ちゃんとご飯も食べてるし、ヨーグルトもおいしいのよ」と言ってベッドの横にあるカレンダーを見ている。
「いつになったら家に帰れるのかしらね」
「お母さん、リハビリしてる?歩けるようになったら退院出来ると思うよ」
長女は言った。
そして、
「水が飲みたくてボタンを押すんだけど、なかなか来てくれないから、大きい声で『水くださーい!』って言ってしまうの」
そんな母は見たことがなかった。
「そしたらね、トロッとしたぬるい水を持ってくるのよ。もうガッカリ」
「お母さん、それは気管に入らないようにしてくれてるんだと思うよ」
長女は答えた。
「ねぇ、お母さん、此処を退院したら別の施設に行ってみない?歩けるようになるリハビリも、此処にいるよりしてくれそうなの」
「そうね〜。このまま家に戻っても心配もあるし、そういうところがあるなら、歩けるまで居てもいいかもしれないわね」
「私、探してみるね」
「うん、おねがいするわ」
母の承諾は取れた。あとは介護申請をして要介護認定をしてもらわないと。
長女は、ひとりで動いた。
家では義母が話し相手になってくれるから助かっていた。
「いつかは私も来る道だもの。話しておいて損はないわ。それに向こうのお母さんの事、心配だもの」
「ありがたいわ、お義母さん」
長女は、病院の母の所へ来てみた。
「どう、変わりない?」
「ちょうどよかったわ。話したいことがあったの。お金のことなんだけど、私の通帳と印鑑、それにカード、カードの番号はこれよ。寝室の箪笥にあるから、それを使ってちょうだい。あなたたちに迷惑は掛けられないと思って貯めて来たのよ」
「お母さん!」
「私だって、もうすぐ86になるのよ。自分の終い方、考えて来たのよ」
「ありがとう、お母さん。大切に使わせて貰うわ」
「3人で心配してたんでしょ。わかるわ、それくらい」
それから、母は、要介護3と認定されてちょうど『空き』が出た病院直属の介護付き有料老人ホームに入ることが出来た。
施設は一人部屋だ。面会は、自由。だけど体温を測り手洗い、うがいをする。
初めて母の部屋に入った時、長女は母の様子に驚いた。
ベッドに座りテレビを見ていた。歩けないのでオムツをしている。
リハビリは、していないという。これでは、部屋の冷蔵庫にさえ行けない。差し入れを持ってきたのに、自分から食べることが出来ない。
母には長生きをして欲しい。
だけど、このまま弱っていく姿を見なくてはいけないのか。
長女は、複雑な思いを言葉に出来なかった。
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